映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「詩人の恋」

「詩人の恋」
2020年11月14日(土)新宿武蔵野館にて。午後12時35分より鑑賞(スクリーン1/
A-6)

~中年詩人の惑いを通して人生を問う

ここのところ毎年、東京国際映画祭に足を運んでいるのだが、そこで上映された映画がすべて一般公開されるわけではない。外国映画の場合は特に、公開されたとしても数年後というケースがほとんどだ。

3年前の第30回東京国際映画祭で上映された韓国映画「詩人の恋」も、このほどようやく公開の運びとなった。当時、関係者向けの上映で鑑賞した際に「これはぜひ日本公開して欲しい!」と思った作品だけに、さっそく今度は自腹で鑑賞してきた。

タイトルを見ればわかるように、詩人が主人公のドラマである。舞台は自然豊かな済州島。そこで生まれ育った30代後半の詩人テッキ(ヤン・イクチュン)は、思うような詩が書けずに悩んでいた。そんな中、これまで生活を支えてきた妻ガンスン(チョン・ヘジン)が、子供を欲しいと言い出し妊活を始める。だが、まもなくテッキが乏精子症と診断され、彼は深く思い悩む。ちょうどその頃、新しくできたドーナツ店で働く青年セユン(チョン・ガラム)と出会ったテッキは、彼のことが気になりだす……。

このストーリーだけを読めば、いわゆる同性愛のドラマと思うかもしれない。確かに、そうした要素もあるのだが、そこに留まらない多彩な魅力を持つ作品だ。

前半はコメディー調。冒頭近くの詩の同人たちの集いで、テッキの詩は最初はみんなから激賞されるが、一人の女性が厳しく批判したことから形勢逆転。今度はみんなが批判し始める。その様子を面白おかしく見せる。

妻のガンスンが子作りに燃え始めると、さらに笑いが加速する。テッキがガンスンに寝床でねじ伏せられたり、人工授精に挑む様子などを、こちらも面白おかしく描写する。最初は嫌がっていたドーナツを無理やり妻に口に押し込まれた途端、テッキが今度はその虜になるあたりの描写も面白い。

そんな中、テッキはドーナツ店で働く青年セユンと出会い、心が湧きたつのを感じる。そんな2人の関係が中盤以降のドラマのポイントである。ドラマは前半の喜劇調とは一転して、哀愁漂うドラマとなっていく。

テッキとセユンの関係は複雑だ。実は、セユンは過酷な家庭環境のもとにある。彼は病気で寝たきりの父の看病を一人で背負わされている。母親は金のことばかり考えて、ことあるごとにセユンに文句を言う。それを見かねたテッキは、セユンに何かと世話を焼く。つまり、セユンにとってテッキは、自分を守ってくれる数少ない存在であり、彼との時間は安らぎのひとときなのである。

一方のテッキにとってセユンは、守るべき子供のような存在といえるだろう。ただし、いつも夢見がちで大人になりきれないテッキから見れば、過酷な現実と向き合うセユンは、ある意味で自分よりも大人びた存在ともいえる。だから、彼との交流はテッキに新たな世界を見せてくれる。

そして、何よりもセユンと出会ったことで、テッキは詩人として美しい言葉を紡ぎ始めるのである。最初の頃の疲れた中年詩人の面影が、セユンと出会うことによって生き生きしてくるのがわかる。

ちなみに、本作は詩人が主人公ということで、全編で詩が効果的に使われる。どれもテッキの心の機微を投影させた詩である。

やがて2人の関係はガンスンに察知されることとなる。このガンスン、最初のうちは何とデリカシーのない女なのだろうと思えてしまう。下ネタもあけすけに口にし、自分の思いをズケズケと吐き出す。不器用で口下手なテッキとは対照的である。

だが、見ているうちに、彼女は彼女なりに必死で生きていることがわかる。しっかり者で、頼りない夫を支え、現実と向き合って生きているのだ。そんな彼女が、夫と若い青年の関係を知る。しかも、彼女は妊娠する。となれば、ガンスンが取る行動は1つしかない。

その結果、テッキとセユンの関係に波乱が起きる。終盤には2人の思いが交錯する激しいシーンが用意されている。さらに、その後の後日談でテッキ、セユン、ガンスンのその後を描き、哀切に満ちた余韻を残してドラマは終わる。

主演のヤン・イクチュンは、自ら監督を務めた「息もできない」や日本映画「あゝ、荒野」などで知られるが、今回はそうした作品とは違い、悩める中年詩人を繊細かつ愛らしく演じている。一見、身勝手に思えるテッキがどこか憎めないのは、その巧みな演技ゆえだろう。妻役のチョン・ヘジンもいい味をだしている。

恋とは、かくも美しく切ないものなのか。同性愛に限らず、恋する心を繊細に描いたドラマとして魅力十分である。いや、それだけではないだろう。愛とは? 夫婦とは? 家族とは?といったテーマにも、観客はそれぞれの思いを馳せるのではないか。これは単なる恋愛ドラマを超えて、人生そのものを問いかけるドラマなのだと思う。

 

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◆「詩人の恋」(THE POET AND THE BOY)
(2017年 韓国)(上映時間1時間50分)
監督・脚本:キム・ヤンヒ
出演:ヤン・イクチュン、チョン・ヘジン、チョン・ガラム、キム・ソンギュン、パン・ウニ
新宿武蔵野館ほかにて公開中
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