「川っぺりムコリッタ」
2022年9月17日(土)ユーロスペースにて。午後1時10分より鑑賞(スクリーン2/C-9)
~荻上直子監督が描く人と人がつながることの大切さ。そして生と死
荻上直子監督といえば、「かもめ食堂」「めがね」など元祖(かどうかは知らないが)癒やし系映画の監督というイメージがある。だが、前作の「彼らが本気で編むときは、」ではトランスジェンダーの問題を取り上げるなど、最近はより大きなテーマを追求するようになってきたようだ。
その荻上監督が2019年に発表したオリジナル長編小説を、自身の脚本・監督で映画化したのが「川っぺりムコリッタ」だ。今どき珍しい長屋のようなアパートで、肩を寄せ合って生きる人々を描いたドラマである。
孤独な青年・山田(松山ケンイチ)は、北陸の小さな町の塩辛工場に職を見つけ、社長から紹介された川べりの安アパート「ハイツムコリッタ」で暮らし始める。できるだけ人と関わらずにひっそり生きようとする山田の生活は、隣の部屋の住人・島田(ムロツヨシ)が風呂を貸してほしいと上がり込んできたことから一変する。それ以来、毎日のようにやってくる島田に加え、夫を亡くした大家さんの南(満島ひかり)や、息子を連れて墓石の訪問販売をする溝口(吉岡秀隆)とも関わりを持つようになるのだが……。
オフビートな笑いに満ちた映画である。何しろ主人公の山田を取り巻く人々がユニークだ。
なかでも最初に彼の生活をかき乱す島田は、ミニマリストを自称し、庭でトマトやキュウリなどを栽培している。それはいいのだが、自宅の風呂が壊れて、銭湯代が高いからと山田の家に風呂を貸せとやって来る。最初は断る山田だが、山田は勝手に風呂に入ってしまう。
それどころか、彼は山田の家に上がり込んで食事をするようになる。山田の炊いたご飯と、山田が工場の社長からもらってきた塩辛を食べる。そしてこう言い放つのだ。「1人で食べるより一緒に食べたほうが美味しいでしょ」。
他にもユニークな人物がいる。墓石のセールスマン溝口だ。自らスーツを着用するばかりか、幼い息子にもスーツを着せ、2人して家々を回る。そしてチャイムを押し、「笑顔で過ごしていらっしゃいますか?」と話しかけるのだ。いかにも胡散臭そうな彼の話を聞く人は、ほとんどいない。
大家の南も不思議な人物だ。夫を数年前にがんで亡くしたという彼女は、娘と2人で済んでいる。築50年のオンボロアパートで、住むのも貧乏人ばかりとあって、まともに家賃を手にするのにも苦労する。それでもどこか楽しそうに生きている。かと思えば、いきなり山田をつかまえて「妊婦の腹を見ると蹴りたくなる」などとワケのわからないことを言うのである。
ユニークな住人といえばもう1人、ある老女がいる。山田は彼女から話しかけられる。だが、実はその老女は幽霊でもうこの世にはいないというのだ。
こういうユニークな人たちに囲まれて、最初は頑なだった山田の心が次第にほぐれていく。無表情だったその顔にも、笑顔が見られるようになっていく。
映画の中盤に印象的なシーンがある。珍しく墓石が売れた溝口親子がすき焼きを食べていると、そこに島田がやって来て当然のように箸を伸ばす。続いて山田も加わる。さらに、大家の南親子も箸と卵持参で参加するのだ。赤の他人の彼らがまるで家族のように食卓を囲む。人と人がつながることの大切さを物語るシーンである。
実は山田には暗い過去がある。最初に社長が「まじめにやれば更生できる」と話す場面があり、前科があるらしいことはうかがえるのだが、しばらくの間それは伏せられる。そして、やがてそれがどんな犯罪だったか明かされる。そのことが島田にショックを与え、いったん2人の関係にひびが入りかける。
だが、暗い過去があるのは島田も同じだった。ふだんは明るく、何も悩みがないかのような彼だが、過去の出来事が心の傷になっていたのである。
そんな波乱を乗り越えつつ、山田と島田、溝口や南はつながっていく。その姿を荻上監督は、アップや手持ちカメラなども使いつつ映し出す。心の機微を捉えた映像である。
さらに、ファンタジックな場面もたびたび登場する。特に巨大なイカ(いや宇宙人か?)が空中に浮かぶシーンには仰天させられた。ここまで自由かつ大胆な映画とは想像もしなかった。
そして、この映画にはもう1つの大きなテーマがある。それは生と死という問題だ。山田の父親が孤独死し、その遺骨をめぐる騒動をきっかけに、生と死について様々な考察が繰り広げられる。
「死んだら魂はどこへ行くのか?」という問いに、いのちの電話の相談員が金魚が空に浮かんだエピソードを語るシーン。笹野高史が扮する元花火師のタクシー運転手が、妻の遺骨を空に打ち上げた喜びを語るシーン。そして、南が夫の遺骨を手に恍惚とするシーン(満島ひかりがあまりにもエロくて思わず興奮してしまった(笑))。
それらのシーンから日本人の死生観が浮かび上がってくる。本作はただ笑えるだけではなく、死の影がつきまとう作品なのだ。そして、それが孤独という要素と結びついた時に、観客は人と人が結びつくことの本当の大切さを改めて知ることになるのである。
本作のラストシーンも素晴らしい。山田の父親のお葬式のシーンだ。パスカルズの音楽も相まって、心温まるほのぼのとしたシーンとなっている。
ちなみに、タイトルの「ムコリッタ(牟呼栗多)」は仏教の時間の単位のひとつ(1/30日=48分)を表す仏教用語で、ささやかな幸せなどを意味するとのこと。
俳優陣はすべて良い演技をしている。本作には悪人が登場しない。ちゃらんぽらんで、いい加減でもけっしてワルではない。それにふさわしいキャスティングだった。
なお、荻上監督の過去の作品同様に、本作もまた飯テロ映画という側面がある。白米のご飯に味噌汁、塩辛、とれたての野菜などなど。なので、空腹で観に行かないことをお勧めします。
◆「川っぺりムコリッタ」
(2021年 日本)(上映時間2時間)
原作・監督・脚本:荻上直子
出演:松山ケンイチ、ムロツヨシ、満島ひかり、吉岡秀隆、江口のりこ、黒田大輔、知久寿焼、田根楽子、山野海、北村光授、松島羽那、柄本佑、田中美佐子、薬師丸ひろ子、笹野高史、緒形直人
*新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ https://kawa-movie.jp/