映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「EO イーオー」

「EO イーオー」
2023年5月6日(土)新宿シネマカリテにて。午後2時より鑑賞(スクリーン1/A-11)

~こんな映像観たことない!? ロバを主人公にした驚きの映画

カンヌ、ヴェネチア、ベルリンなどの国際映画祭で受賞歴を持つポーランドイエジー・スコリモフスキ監督。今年85歳のこのベテラン監督の7年ぶりとなる作品は、なんと人間ではなくロバを主人公にした映画。その名も「EO イーオー」。

しかし、まあロバと言ったら私なんかは『おはよう! こどもショー』のロバくんを思い出しますなぁ。愛川欽也が演じておりました。まさに名演でした。て、いつの時代の話だよ! 若い人はわかんないだろ!

そんな余談はさておき、実はこの映画は、ロベール・ブレッソン監督が1匹のロバと1人の少女の数奇な運命を描き出した「バルタザールどこへ行く」(1966年)にインスパイアされたものらしい。

主人公は灰色のロバのEO。サーカス団でカサンドラ(サンドラ・ドルジマルスカ)の相棒として活躍している。カサンドラはEOを心から愛し、優しく接していた。ところが、ある日、動物愛護を理由にEOはサーカス団から引き離され、カサンドラとも離れ離れになってしまう。動物愛護を訴えるデモ隊は調教は虐待だと強硬に訴える。

その後、農場に収容されたEOのもとにカサンドラが会いに来るが、彼女とてEOを連れて帰るわけにはいかない。EOは農場を脱走しポーランドからイタリアへと放浪の旅に出る。その道中でEOは様々な事情を抱えた人々と出会う。

地元のサッカーチームのファンからは勝利の女神と持ち上げられるが、敵チームの襲撃にあいEOも瀕死の重症を負う。ようやく回復したと思ったら、今度は食肉業者らしき男のトラックに乗せられる。だが、そこで事件が起きて、EOは今度は若いイタリア人司祭に引き取られる。司祭は久々に自宅に帰るが、そこには義母の伯爵未亡人が待ち受けていた。

というように、ロバの目を通して、人間の温かさや愚かさ、身勝手さ、不条理さなどを映し出したドラマである。それによってEOの運命も右に左に大きく揺れる。その様子をシニカルに描いているのだが、殊更にメッセージというようなものはない。いや、スコリモフスキ監督自身に思うところはあるのだろうが、それを前面に出さずに冷徹な描写に徹している。

本作で最も驚嘆すべきはその映像だ。冒頭のカサンドラとEOのサーカスでの演技の場面。1人と1頭の肉体が赤いストロボライトで浮き上がる。妖しくも謎めいたシーンである。この瞬間からラストまで驚きの映像の乱れ打ちだ。

例を挙げればきりがないが、たとえば馬の描写だ。スローモーションで馬の躍動感を映し出し、馬体の極端なアップでその美しさを際立たせる。もちろんEOも様々なアングルから、様々なテクニックを使って映し出す。

極端なアップやスローモーション、上空からの俯瞰など意表を突いた映像が次から次へと飛びだす。主にロバのEOを中心に馬などの動物が描かれるのだが、突然、四足歩行ロボットを登場させたりもする。いったいどうしたら、こんな映像を考えつくのだろう。スコリモフスキ監督と撮影のミハウ・ディメクの頭の中を覗いてみたい。

色彩も強烈だ。赤を基調として、時には雪の白などを配置して観客の心をざわつかせる。美しく、扇動的で、詩的で、寓話的な映像である。

EO目線の映像もある。EOの目に見えているであろう風景を映し出すのだ。その一方で、EOにベッタリ寄り添うわけではなく、客観的な視点も取り入れる。変幻自在なのだ。

セリフは極端に少なく、時に荘厳で、時には流麗で、時には不気味なクラシック調の音楽をBGMに、こうした映像が続くのである。これはもはやアートと言ってもいいのではないだろうか。現代アートの美術館にでも足を踏み入れたような気持ちになって、最後まであっけに取られて見入ってしまった。

EOについていえば、その表情も生き生きと捉えられている。特にその目が愁いを帯びていて、多くのことを物語っている。それゆえ観客に多くのことを想像させる。いったいEOは人間社会をどう見ているのだろうか。

EOの有為転変の旅の果てに何が待っているのかは、ここでは書かないが、ありがちなハッピーエンドではないことだけは言っておこう。

ドラマの終幕に、名俳優のイザベル・ユペールを配し、義理の息子との複雑な関係を演じさせるあたり、ドラマ的にもそれなりに工夫はしているのだろう。だが、本作は何といっても映像の力が大きい。ドラマ以上にその映像に驚嘆させられる。観終わってしばらく呆然として立ち上がれなかった。

撮影の詳しい状況は知らないが、おそらくEO役には何頭かのロバを使っているに違いない。それにしてもなかなかの名演だ。ちなみに映画の最後には、撮影で動物を虐待していないことを告げているのでご安心を。

スコリモフスキ監督の映画は過去にも何本か観ているが、その中でも鮮烈さでは出色の作品。その映像だけでも観ておく価値がある。

◆「EO イーオー」(EO)
(2022年 ポーランド・イタリア)(上映時間1時間22分)
監督:イエジー・スコリモフスキ
出演:サンドラ・ドルジマルスカ、ロレンツォ・ズルゾロ、マテウシュ・コシチュキェヴィチ、イザベル・ユペール
ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
ホームページ https://eo-movie.com/

 


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