「旅と日々」
2025年11月10日(月)テアトル新宿にて。午後1時10分より鑑賞(A-11)
~つげ義春らしい世界観に三宅唱監督らしさも加味した味わい深い一作
引っ越し準備のため現在断捨離中。しかし、物が多過ぎて全然進まない。本当は年内に引っ越し予定だったのだが、この分では来年になってしまいそう。
せっかく集めた数百枚(もしかして1000枚超えている?)の映画チラシも泣く泣く捨てるしかない。観た映画のチラシだけでも残そうかと思ったのだが、それを仕分けるだけでとんでもない時間がかかってしまいそうなので断念。あーあ、もったいないなぁ。

それはともかく、今日取り上げる映画は「旅と日々」。原作はつげ義春の漫画「海辺の叙景」と「ほんやら洞のべんさん」。つげ作品といえば、「無能の人」「ゲンセンカン主人」「ねじ式」「リアリズムの宿」など過去に映画化された作品も多い。私もその何本かは鑑賞したが、独特の世界観が印象的だった。シュールで、どこか寂寥感が漂い、ユーモラスな感じもする。
監督・脚本は三宅唱。「きみの鳥はうたえる」「ケイコ 目を澄ませて」「夜明けのすべて」などの作品で知られるが、およそつげ義春の世界とは似つかわしくないイメージがある。はたしてどんな映画になっているのだろうか。

映画は都会の風景から始まる。その片隅で、脚本家の李(シム・ウンギョン)が必死に脚本を書いている。ちなみに、脚本はパソコンではなく手書きでハングル語で書かれる。彼女は韓国から日本にやって来たのだ。
脚本の内容は……シーン1。夏の海辺。自動車が停まっている。後部座席で1人の女が眠っている。といった感じ。
ここから、李が脚本を担当した映画「海辺の叙景」の世界がスクリーンに現出する。そこでは、旅行で島に来たらしい渚(河合優実)と海岸にいる夏男(高田万作)が出会い、とりとめのない会話をしながら島を散策する。翌日、台風が近づき大雨の中、2人は再び海辺に集い荒れた海で泳ぐ。
渚も夏男も訳ありらしい。渚はどこか陰のある風情で、「浮気って知ってる?」などと不穏なことを言う。母親がこの地の出身だという夏男も、幼い頃に見た水死体の親子の話をするなど不穏な雰囲気をたたえている。そんな2人が出会って淡い関係を結ぶ。それによって2人の心に微妙な変化が見える。
実はこの映画「海辺の叙景」は大学の授業で上映されていた。上映後、大学教授の魚沼(佐野史郎)は「エロティックで良い映画だった」という趣旨の発言をするが、監督らとともに参加者からの質問を受けた李は、「自分には才能がない」と言う。そして魚沼にスランプであることを打ち明ける。魚沼は「気晴らしに旅行にでも行くといいですよ」と勧める。その直後、魚沼は激しく咳き込む。
その後、魚沼はあっけなく亡くなり、李は魚沼の双子の兄から、魚沼が生前に収集していたフィルムカメラを譲り受ける。
そして李は魚沼のフィルムカメラとともに旅に出る。それは雪深い土地だった。だが、予約なしで訪れたホテルはどこもいっぱいで宿泊できない。山奥の一軒宿なら空いているかもしれないと紹介され、李はそこへ出かける。行ってみるとおんぼろ宿で、宿の主人のべん造(堤真一)はやる気がなく、暖房も囲炉裏のみ。宿泊するのはべん造と同じ部屋でだった。
それでも李は、べん造と言葉を交わす。彼は李が脚本家だと聞き、自分の宿のことを脚本に書いてくれないかと言う。そうすれば、たくさん客がやって来るかもしれないと言うのだ。だが、李がその宿について質問すると、まともに答えない。
その後、惰性で宿を続けているらしいべん造に、李が「裏の池で錦鯉の養殖でもすればいいのに」と提案したところ、べん造は李に着いて来いと言う。なんと、隣村の家の池から錦鯉を盗み出すというのだ。

とまあこんな感じで、不思議なドラマが繰り広げられる。といって、けっして現実離れしているわけではない。現実と空想の狭間で浮遊している雰囲気なのだ。これは、つげ義春作品におおむね共通している特徴。素性のよくわからない人物が、奇妙な振る舞いをする。どこかリアルで、どこかファンタジー。それはこの映画でも健在だ。どことなく哀切が漂うのも同じ。ユーモアもたっぷりで、特に後半はクスクス笑いっぱなしだった。三宅監督はつげの世界観をそのまま映画に落とし込んでいる。
しかし、それだけではない。三宅監督独自の世界も構築している。それは女性の再スタートのドラマ。前半では、訳ありの女性が見知らぬ男性と淡い関係を結び、変化する様子を描く。後半ではスランプ状態の李が、べん造と同じく淡い関係を結ぶことで変化する様子を描く。李は「日本に来た時の新鮮な感動がない」「言葉のオリの中にいる」などとモノローグで語り、自信喪失状態にあることを告白する。だが、べん造との交流の後、最後には希望をたたえた瞳で原稿に向き合う。それは再生と呼べるような強い変化ではないかもしれないが、確実に前向きでぬくもりを感じさせる。そこに「ケイコ 目を澄ませて」「夜明けのすべて」にもつながる三宅監督らしさを感じてしまうのである。
同時に「旅」というものの本質を突いた映画でもある。旅の途中で様々な見知らぬ人と出会い、何かしら心が変化していく。弱った心や傷ついた心も少しずつ癒されていく。そんな経験をした人もいるかもしれない。それが旅の魅力ではないだろうか。
映像もこの映画の魅力だ。前半の夏の海、山の色彩豊かな風景。後半の銀世界の中の古びた宿の光景、あるいは色鮮やかな錦鯉。それらの美しい映像もまた、三宅監督の映画らしいものだった。
李を演じたシム・ウンギョンは、日韓両国で活躍している。韓国では「怪しい彼女」「操作された都市」、日本では「新聞記者」「ブルーアワーにぶっ飛ばす」などの作品があるが、その存在感は抜群。今作でもべん造に翻弄される役を、おかしみを込めて自然に演じていた。
そのべん造を演じた堤真一もさすがの演技。方言がいい味になっていて笑いを誘う。一見変人でありながら、実は彼も喪失の悲しみを抱えているという複雑な役を軽妙にこなしていた。
そして、忘れてはならないのが河合優実。つげ漫画に出てくる女性を、そのまま体現したような演技。やさぐれた感じで、どこかに悲しみをたたえつつ、エロティックな雰囲気(水着姿を披露しているからだけではない)を漂わせ、とても魅力的である。
佐野史郎は、つげ義春の昔からのファンで、その映像化作品にも多数出演しているが、本作でも独特の雰囲気を醸し出していた。
三宅監督にとってはチャレンジングな作品だったと思うが、つげ漫画のエッセンスを残しつつ、三宅監督自身の持ち味を十分に発揮した作品になったと思う。地味ではあるものの、味わい深い一作だ。
本作は、スイス・ロカルノで開催された第78回ロカルノ国際映画祭のインターナショナルコンペティション部門に出品され、日本映画としては18年ぶりとなる最高賞の金豹賞を受賞した。
◆「旅と日々」
(2025年 日本)(上映時間1時間29分)
監督・脚本:三宅唱
出演:シム・ウンギョン、河合優実、高田万作、斉藤陽一郎、松浦慎一郎、足立智充、梅舟惟永、佐野史郎、堤真一
*テアトル新宿ほかにて全国公開中
公式ホームページ https://www.bitters.co.jp/tabitohibi/
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