映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「瞳をとじて」

瞳をとじて
2024年2月21日(水)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後1時10分より鑑賞(スクリーン6/D-10)

~エリセ監督、31年ぶりの長編映画は記憶と映画をめぐる物語

ミツバチのささやき」(1973年)という映画をどこで観たのだろう? だいたいのあらすじは知っているし、印象的なシーンも何となく覚えている。とはいえ、時代的に映画館で観たとは思えない。後年になってテレビで観たのだろうか。いや、それとも観ていないのか?

何にしても私が知っているぐらいだから、大ヒット作なのは間違いない。その「ミツバチのささやき」のビクトル・エリセ監督が、1992年の「マルメロの陽光」以来、実に31年ぶり(!)に撮った長編映画が「瞳をとじて」だ。

時代は1947年。ある屋敷に住む老人が一人の男を呼び寄せる。老人は過去に中国人女性と交際し、女の子が誕生した。だが、やがて女性は娘を連れて家を出てしまった。その娘チャオ・シューを探し出して欲しいというのだ。

ん? あれ? この映画って、そんなに昔のことを描いたドラマだっけ?

と思ったら、実はこれ、劇中劇だったのね。つまり、こういうこと。冒頭に登場するのは、映画「別れのまなざし」の1シーン。ところが、その映画で探偵役を演じる主演俳優のフリオ・アレナス(ホセ・コロナド)が突然、失踪してしまい、映画は未完成のままに終わる。

それから22年後、「別れのまなざし」の監督だったミゲル(マノロ・ソロ)のもとに、人気俳優失踪事件の謎を追うテレビ番組から出演依頼が舞い込む。依頼に応じて番組に出演し、インタビューに答えるミゲル。それをきっかけに彼は、フリオにゆかりのある人を訪ねて話を聞き、過去を振り返ることになる。

ドラマは失踪した俳優の謎を追うミステリー仕立てで展開される。それを通してミゲルは「別れのまなざし」のスタッフやフリオの娘、フリオのかつての恋人(ミゲルとも交際していた)などと会い、当時の記憶を取り戻していく。

ミゲルは映画監督をやめて作家となった。初めのうちは賞を取るなど、それなりに活躍したものの、その後は短編小説を発表する程度。今は海辺の一角で暮らしていた。また、彼はかつて子供を事故で失うという経験もしていた。

そうした過去が蘇る。もちろん楽しい過去もあれば、苦い過去もある。スペインのフランコ独裁政権時代の話も、何度かセリフの中に出てくる。確実なのは、過ぎ去った日々は二度と戻らないということだ。

フリオとの思い出もある。二人は早くから友情をはぐくむが、同時に微妙な関係にもあった。フリオはかなりハチャメチャな生活を送っていたらしい。俳優として高く評価しつつも、複雑な思いを抱えているミゲル。

ミゲルは再会したかつての恋人に、フリオが失踪した日の情景を語る。それは彼の映画が未完となり、彼が映画から離れるきっかけとなった日だ。そこに万感の思いが宿る。

後半、番組出演を終え、海辺の自宅に帰るミゲル。トレーラーハウスに住み、貧しいながらも隣人たちと楽しいコミュニティ生活を送る。しかし、この土地もやがて立ち退きの憂き目にあうことが語られる。

フリオを探すテレビ番組は放送されたが、ミゲルは途中で見るのをやめる。もうこれ以上、フリオを探す伝手もないし、その気も失せたのだろう。

だが、急転直下、フリオが見つかったという連絡が入る。ミゲルは急いでその場所に向かうのだが……。

というわけで、その先の展開は伏せるが、ここでも記憶をめぐるドラマが繰り広げられる。そして、そこで重要な位置を占めるのが映画だ。ミゲルが元映画監督で、フリオが「別れのまなざし」撮影中に失踪したこともあり、本作では映画の話が様々な形で出てくる。ホークス、マカロニウエスタンリュミエール兄弟、ドライヤー。そんな映画に関する言葉もセリフの中に登場する。

エンディングはそのハイライトと言える。ある目的をもって、ミゲルはつぶれた映画館で「別れのまなざし」を上映する。それはデジタル化などで大きく環境が変わった中でも、依然として映画の持つ力が大きいことを示しているように見える。時代とともに変容しつつあるが、映画の神髄はいつまでも不変だ。エリセ監督はそう言いたかったのかもしれない。余韻に満ちた終幕である。

本作は過去を見つめた映画だ。だが、けっしてノスタルジーに終わってはいない。「ミツバチのささやき」の少女アナを演じたアナ・トレントをフリオの娘アナとして出演させ、「私はアナ」と言わせているのも、単なるノスタルジーではなく過去と現在、そして未来を結び付ける試みだと思う。

作品が未完に終わった元映画監督と失踪した俳優には、多少なりともエリセ監督自身が投影されているに違いない。80歳を超えたエリセ監督にとって、まさに作るべくして作った映画と言えるだろう。その思いが胸に迫ってくる映画だった。

◆「瞳をとじて」(CERRAR LOS OJOS)
(2023年 スペイン)(上映時間2時間49分)
監督・脚本・原案:ビクトル・エリセ
出演:マノロ・ソロ、ホセ・コロナド、アナ・トレント、ペトラ・マルティネス、マリア・レオン、マリオ・パルド、エレナ・ミケル、アントニオ・デチェント、ベネシア・フランコ、ホセ・マリア・ポウ、ソレダ・ビジャミル、フアン・マルガージョ
*TOHOシネマズ シャンテほかにて公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/close-your-eyes/

 


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