「パラレル・マザーズ」
2022年11月9日(水)Bunkamuraル・シネマにて。午後2時より鑑賞(ル・シネマ1/D-8)
~アルモドバル監督による変化球の「母の物語」。ペネロペ・クルスの繊細な演技
前回の「ヒューマン・ボイス」に続いて、スペインの巨匠ペドロ・アルモドバル監督の映画を。「オール・アバウト・マイ・マザー」など母の物語を数多く撮ってきたアルモドバル監督。新作「パラレル・マザーズ」も母の物語だ。
主人公はフォトグラファーのジャニス(ペネロペ・クルス)。彼女は、仕事で考古学者のアルトゥロ(イスラエル・エレハルデ)と出会い、彼にスペイン内戦で亡くなった親族の遺骨発掘について相談する。それをきっかけに2人は深い仲になり、ベッドを共にする。
と思ったら、次のシーンはいきなり病院かよ!ジャニスは妊娠。アルトゥロが既婚者であることから、ジャニスは彼と別れてシングルマザーになることを決意したのだ。
いやいや、この急展開には驚いた。それ以外にも、省略や飛躍があちこちにある。笑える場面なのかシリアスなのか微妙なところもある。アルモドバル監督の作家性が前面に出た映画といえるだろう。誰にも遠慮せずに自分のやりたいことをやっている。
さて、ジャニスの入院した病院の同室には、17歳の妊婦アナ(ミレナ・スミット)がいた。彼女もシングルマザーになることを決意していた。2人は同じ日に女の子を出産し、再会を誓い合って退院する。
退院したジャニスは娘にセシリアと名をつけるが、父親であるアルトゥロから「自分の子とは思えない」と告げられる。そこで秘かにDNA検査をしたところ、なんと実の子ではないという衝撃の結果を突き付けられる。「こ、これは病院がアナの子供と取り違えたのでは?」。ジャニスはそう思うが、激しい葛藤の末にその事実を封印して、アナと連絡を絶ってしまう。
それから1年後、偶然アナと再会したジャニスは、アナの娘が亡くなったことを知る……。
要するに赤ん坊の取り違えを題材にしたドラマだ。このネタ自体は珍しくないが(是枝裕和監督の「そして父になる」とか)、それでも本作は予想外で濃密な展開によって、観客を力ワザでスクリーンに引き込む。
面白いのは、同じ日に母になった2人のシングルマザー、ジャニスとアナの対照的なキャラクターだ。ジャニス(ちなみに名前はジャニス・ジョップリンからとられた)は自立した女性で、自ら運命を切り開いていく。一方、年下のアナはまだ未成年で、離婚した両親を頼らざるを得ない。特に女優である母親を頼りにしていたが、彼女が仕事でチャンスをつかんだため、宙ぶらりんの状態になってしまう。
前半はジャニスの揺れる心がリアルに描かれる。自分が実の母でないと知って、ジャニスは大いに悩む。事実を告げるべきか。黙っているべきか。彼女は後者を選ぶ。
その後、アナと偶然再会したジャニスは、彼女をベビーシッターとして雇い家に招き入れる。母の家を出たアナを放っておけないという事情もあったが、目の前の赤ん坊の母親がアナかもしれないという思いもあったのだろう。
だが、それがジャニスを余計に悩ませる。アナを赤ん坊のそばに招いたことで、ジャニスの悩みはますます深くなる。アナに真実を告げるべきか。それとも……。そうこうするうちに、ジャニスとアナの仲は急接近していく。
ええ!そんな展開ありなのか?そっちに話が行ってしまうのか?
その一方で、アナと女優である母親との関係が、かなりのウエイトを置いて描かれる。母親の過去や現在が詳細に語られるのだ。そういう意味でこのドラマは、2人の母親の物語ではなく、この母親も加えた3人の母親の物語といえるかもしれない。
まあ、とにかく予想を裏切る展開が続く。メインになるストーリー以外にもサブストーリーがギッシリ詰まっている。アナの妊娠に関する衝撃の事実も明らかになる。とにかくいろんなものが詰め込まれている。
ところで、最初に出てきたスペイン内戦の犠牲者の話はどうなったんだ?ジャニスとアルトゥロの恋の前フリでしかなかったのか?
と思ったら、最後に満を持して登場。アルモドバルは最近の世界情勢などから、どうしてもこの話を入れたかったらしい。ファシストたちによって無残に殺された人々。彼らの遺骨から殺害直後の姿を想像し、それをスクリーンに再現させている。
今もなお尾を引くスペイン内戦の悲劇。それを母の物語の中で取り上げたアルモドバルの熱い思いが伝わってくる。ここに至って、母の物語は、殺された犠牲者までさかのぼった家族の物語へと昇華したとも言えるだろう。
主演のペネロペ・クルスは、その繊細な演技が光る。ハリウッドのエンタメ映画にもたくさん出ている彼女だが、本領はこういう映画にこそあると思った。アナ役のミレナ・スミットも壊れそうな10代を好演。
アルモドバル監督らしい母の物語を縦糸に、スペイン内戦の悲劇を横糸に織り込み、さらにさまざまなサブストーリーも盛り込んだ本作。過去作でも女性を巧みに描いてきたアルモドバルらしく、女性の心理がとても良く描けている。内容ギッシリで詰め込み過ぎの感はあるものの、それも含めてアルモドバルらしい作品といえるだろう。
◆「パラレル・マザーズ」(MADRES PARALELAS/PARALLEL MOTHERS)
(2021年 スペイン・フランス)(上映時間2時間12分)
監督・脚本:ペドロ・アルモドバル
出演:ペネロペ・クルス、ミレナ・スミット、イスラエル・エレハルデ、アイタナ・サンチェス=ヒホン、ロッシ・デ・パルマ、フリエタ・セラーノ
*Bunkamuraル・シネマ、新宿シネマカリテほかにて公開中
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