映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「風よ あらしよ 劇場版」

「風よ あらしよ 劇場版」
2024年2月18日(日)新宿ピカデリーにて。午後1時50分より鑑賞(スクリーン7/E-11)

~自由を求める強い意志。女性解放運動家・伊藤野枝の生涯

書店で、村山由佳の「風よ あらしよ」という上下2巻の分厚い文庫本を最初に見かけたのは、ずいぶんの前のことだ。何度も買おうかと迷ったのだが、結局いまだに買っていない。

そんな中、大正時代に活躍した女性解放運動家・伊藤野枝の生涯を綴ったこの小説を、NHKがドラマ化し2022年にBS4K・8Kで放送したらしい。その劇場版が「風よ あらしよ 劇場版」である。

福岡の片田舎で育った伊藤野枝吉高由里子)は、貧しい家を支えるため結婚させられそうになるが、これを拒否して上京する。男尊女卑の風潮が色濃い社会に異議を唱え、「元始、女性は太陽だった」と宣言した青鞜社平塚らいてう松下奈緒)の言葉に感銘を受けた野枝は、手紙を送り青鞜社に参加する。同時に彼女の相談に乗っていた恩師の辻潤稲垣吾郎)と結婚する。青鞜社はもともと女流文学者集団だったが、やがて野枝が中心になり婦人解放を唱える集団になっていく。それとともに野枝は辻と別れ、無政府主義者大杉栄永山瑛太)と暮らすようになる……。

何しろ原作は分厚い本だ。その一部分に焦点を当てるというよりは、主人公の伊藤野枝の全生涯を詰め込んだ映画だ。そのため野枝の葛藤や苦悩などは十分に描き切れていない。人間ドラマは薄味だ。

とはいえ、間違いなく観応えはある。伊藤野枝という女性がどういう人間で、何を考えていたかがわかりやすく描かれている。

彼女は何があっても前に突き進む。まさにタイトルの「風よ あらしよ」が示すように、激しい風や嵐に翻弄されようとも節を曲げない。

時代は男尊女卑の風潮が広くはびこる大正時代。映画の冒頭には「女は、家にあっては父に従い、嫁しては夫に従い、夫が死んだあとは子に従う」という言葉が掲げられる。これこそが当時の美徳だった。それをおかしいと思った野枝は、その美徳を打破すべく奮闘する。

彼女の考えは今となっては当たり前のことだが、当時としては先鋭的な思想だった。青鞜社の仲間たちにもついていけない者が出てくる。世の中と妥協すべきだというのだ。雑誌「青踏」も野枝の思想を反映したものになるにつれて、世間からは敬遠される。

それでも野枝はめげない。彼女の根底にあるものは何なのか。劇中で足尾銅山鉱毒の話を聞いた野枝は、その被害者の身を案じ涙する。それを夫の辻はセンチメンタリズムだと言って批判する。だが、彼女は動じない。弱きものに寄り添い、それを救おうとするヒューマニズムこそが彼女の思想の原点なのだ。

その野枝の強さ、力強さとは対照的に、男たちはだらしない。最初の夫の辻は、当初こそ野枝に理解を示し、彼女の才能の先導者となるが、次第に怠惰な生活を送るようになる。教師を辞めて仕事もせず、尺八を吹いて、このまま放浪したいなどと言い出す始末。

一方、二度目の夫となる大杉は、妻(山田真歩)がいるにもかかわらず、野枝と交際し、さらに野枝の元同僚の神近市子(美波)とも関係を持っていた。大杉は「自由恋愛の実験だ」などと宣うが、妻は「ただ助平なだけでしょ」とピシャリ。野枝にも説教される。実に情けないのだ。

まあ、その後大杉は神近に刺され、それをきっかけに野枝を妻とするようになるわけだが……。

その後の大杉と野枝は子供ももうけ家庭生活は平穏だが、社会は次第に息苦しい時代になる。関東大震災が起きると、朝鮮人に関する流言蜚語が流れ、それに関連して2人は連行される……という経緯はおなじみだろう。

このあたりの混乱した世の中とそれに乗じた権力の横暴は瀬々敬久監督の「菊とギロチン」や森達也監督の「福田村事件」などでも描かれている。大杉と野枝に直接蛮行を振るったのは甘粕大尉だが、その背後には軍や憲兵隊がいたと推察される。

その点でこの映画は、伊藤野枝の生涯を描くことを通じて、権力の横暴を指弾した作品であることは間違いない。

花子とアン」「返還交渉人 いつか、沖縄を取り戻す」などを手がけた演出の(もともとドラマなので「監督」ではなく「演出」となっているのだろう)柳川強は、「資本主義が行き詰まりを見せ、99:1の格差があらわになり『権力の横暴が剥き出しになってきた今だからこそ、野枝を描くべき必然が生れたのだ』と強く感じます」と述べている。

もちろん、そこには「女性であるというだけで我慢を強いられ搾取される」という野枝の主張に見られるフェミニズムに対する思いも、強く込められている。その主張は今の時代にも通じるものだ。

ともすれば一緒に虐殺された大杉栄に注目が行き、その添え物的な立場で見られがちな伊藤野枝。その生き様と思想が十二分に伝わると同時に、現代にも通じるテーマ性を持った作品である。

吉高由里子は、一途に自身の理想に向かって突き進む女性を巧みに演じて見せた。辻役の稲垣吾郎、大杉役の永山瑛太はいずれも「いかにも」のハマリ役。

何かと不自由な時代に、ひたすら「自由」を渇望した野枝。その力強さに驚嘆した。これはいよいよ原作本を買わねばなるまい。

◆「風よ あらしよ 劇場版」
(2023年 日本)(上映時間2時間7分)
演出:柳川強
出演:吉高由里子永山瑛太松下奈緒、美波、玉置玲央、山田真歩朝加真由美山下容莉枝、渡辺哲、栗田桃子、高畑こと美金井勇太、芹澤興人、前原滉、池津祥子音尾琢真石橋蓮司稲垣吾郎
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ https://www.kazearashi.jp/

 


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