映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「新感染 ファイナル・エクスプレス」

「新感染 ファイナル・エクスプレス」
新宿ピカデリーにて。2017年9月1日(金)午前11時20分より鑑賞(シアター1/K-17)。

「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド ゾンビの誕生」(1968年)、「ゾンビ」(1978年)、「死霊のえじき」(1985年)などで知られ、ゾンビ映画の始祖ともいわれるジョージ・A・ロメロ監督が先日死去した。だが、ゾンビ映画が消えることはない。特に最近のゾンビ映画は本当に面白い。新次元に突入したといっても、過言ではないかもしれない。

「新感染 ファイナル・エクスプレス」(TRAIN TO BUSAN)(2016年 韓国)も観応え満点のゾンビ映画だ。

事の起こりは感染。どうやらバイオ施設から漏れ出したウイルスが、人々に感染し始めたらしいことが示唆される。そして、トラックがはねた鹿がムクッと起き上がって復活するシーンが登場する。もしかして、コイツ、ウイルス感染鹿なのか? とにかく不気味な幕開けである。

続いて登場するのは韓国・ソウルでファンドマネージャーとして働くソグ(コン・ユ)。妻と別居中で、幼いひとり娘のスアン(キム・スアン)と暮らしている。しかし、仕事が忙しいソグだけに、娘との間に微妙な隙間風が吹いている。子供の日にゲーム機を贈ったのを忘れて誕生プレゼントに同じものを買ってきたり、学芸会に顔を出さなかったためにソグが途中で歌うのをやめたり……。ちなみに、その時の歌「アロハ・オエ」は、この映画のラストで重要な役割を果たす。

そんな中、スアンは誕生日にプサンにいる母親に会いにいくと言い出す。仕方なくソグは半日だけ仕事を休んで娘を送り届けることにする。こうしてソウル発プサン行きの高速鉄道KTXに乗り込む父と娘。ところが、出発直前に謎の感染者の女が列車に転がり込む。そして出発と同時に女は暴れ出し、車内はパニックになる。

その女は何者かに足を噛まれ、人間を凶暴化させるウイルスに感染した模様。女は女性乗務員を襲撃し、噛みつかれた乗務員もたちまちウイルス感染して人間を襲う。こうして、次々に乗客や乗務員が凶暴化していく。佃煮のように増殖していく感染者たち。不気味でトリッキーなその姿かたちや行動は、まさにゾンビそのものである。

それに対して、ソグとスアンの父娘をはじめ乗客たちは、列車の車両を移動しながら感染者と死闘を繰り広げ、何とか身を守ろうとする。ゾンビの襲撃というだけで怖いのに、走る列車内という密閉空間だけになおさら緊張感が高まる仕掛けだ。

冷静に考えれば噓くさいところも多い映画だ。というか、そもそもゾンビの存在そのものが嘘くさいわけだが、それを感じさせない怒涛の展開が光る。あれやこれやの小ネタを繰り出して、観客の目をスクリーンに釘付けにする。例えば、大量のゾンビがドア越しに迫ってきた瞬間に、彼らが目視で捉えた人間を反射的に攻撃する習性を察知し、新聞紙をガラスに貼り付けて鎮まらせる。そんな意表を突いたネタが続出する。

ユニークな乗客たちも、この映画の面白さを倍加する。ソグとスアンの父娘以外にも、ワイルドな中年男サンファと妊娠中の妻ソンギョン、高校の野球部員ヨングクたちと彼のガールフレンドのジニ、いかにも身勝手な会社の重役ヨンソク、仲の良い老姉妹などなど個性的な乗客が登場する。スリリングな死闘&逃走劇だけでなく、彼らの人間ドラマを展開することで、ますます観客はスクリーンから目が離せなくなる。

その中でも中心的に描かれるのは、ソグとスアン父娘の絆のドラマだ。最初のうち、仕事一筋で娘を顧みず、自己中心的な鼻持ちならないエリートだったソグが、ゾンビとの戦いを通して少しずつ変化していくのである。

この映画には、いくつものヤマ場がある。中盤で列車はテジョンという駅に停車する。そこには軍が派遣され、列車を封鎖して乗客を助けてくれるというのだ。しかし、ソグが知り合いの軍人に電話してみると、どうも様子がおかしい。そこで彼は、「自分と娘だけは助けてくれ」と軍人に頼む。

まもなく乗客が駅舎を出ようとすると、駅に配備された治安部隊の兵士たちが襲いかかってくる。彼らもまたウイルス感染していたのだ。慌ててUターンする乗客たち。ソグも逃げだす。感染者たちの襲来を押しとどめ、再び走り出した列車に辛うじて飛び乗る。

こうして再びゾンビ列車に乗ったソグとサンファ。しかし、混乱の中で彼らはスアン、ソンギョンと離れ離れになってしまう。そこでヨングクを加えた3人で彼女たちを救出し、大勢の乗客がいる車両を目指すことにする。

そこでの死闘も迫力満点だ。そして生き残りをかけたアイデアが続々と披露される。感染者が暗闇に弱いことを知り、ソグたちはトンネルをうまく利用する。おまけにスマホを使って彼らの注意をそらすなど、あわやの場面にさしかかるたびに、危機を脱する新たなアイデアが飛び出す。

やがて大勢の観客のいる車両にたどり着くソグたち。ところが、彼らはドアが開かないように細工するではないか。「お前らは感染しているかもしれないから入れない」と言うのだ。そのあたりは、何やら人種差別やヘイトクライムを想起させる場面である。1人の声高な主張が他の多くの乗客に伝播し、ソグたちの排斥に走る。

そういえば、この映画のヨン・サンホ監督は、もともとアニメ、それも社会派のアニメで名を上げた監督らしい。だとすると、この場面は最近の社会状況を反映させたものなのかもしれない。

そんな過激な行動に走った乗客たちが、思わぬことで痛い目に遭ってしまうのも面白いところ。彼らもまた追い詰められた末の行動であることは理解するが、ちょっとしたカタルシスが味わえるのも事実である。

最後のヤマ場は、線路上に障害物があり走行困難となったことから訪れる。そこではいかにも列車アクション映画らしい転覆シーンなどもある。たくさんのゾンビが数珠つなぎになって、列車をストップさせようとするユニークなシーンも見られる。

その果てに訪れるのは悲しい別れだ。それまでも愛する者同士の別れが、何度も描かれるドラマだが、ここはその中でも特に涙モノの場面だろう。

しかし、ラストにはさらなる感涙の場面が待っている。そこで効果的に使われるのが例の「アロハ・オエ」の曲だ。まさかゾンビ映画で泣けるとは思わなかった。スアン役の子役キム・スアンの演技も見事である。

ゾンビ、パンデミック、列車アクションなど様々なエンタメ映画の要素を取り込んで、ノンストップのスリリングなサバイバル劇を展開。そこにほど良くブレンドされた人間ドラマを加えて感動までもたらす。良い意味で3時間ぐらいの映画を観たような充実感を感じてしまった。やっぱり韓国映画恐るべし!!

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