映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「誰もがそれを知っている」

「誰もがそれを知っている」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2019年6月19日(水)午後7時10分より鑑賞(シアター2/A-5)。

~イランを離れてスターカップルを主演に迎えたファルハディ監督の新境地

イランのアスガー・ファルハディ監督といえば、「別離」「セールスマン」でアカデミー外国語映画賞を2度も受賞している監督だ。過去の作品は、サスペンスミステリーの形を取りながら、犯人探しや謎解き以上に、イランの社会状況を的確にあぶりだして高い評価を受けてきた。

そんなファルハディ監督が、イランを離れて、スペインの田舎町を舞台に全編スペイン語で撮り上げたのが「誰もがそれを知っている」(TODOS LO SABEN)(2018年 スペイン・フランス・イタリア)である。

今回も全体の構図はサスペンスミステリーだ。アルゼンチンで夫と2人の子どもと暮らすラウラ(ペネロペ・クルス)。妹の結婚式に出席するために、子どもたちを連れて故郷のスペインに帰省する。本当は夫も同行するはずだったのだが、仕事の都合で来られなくなる。

ラウラは、実家の家族やワイン農園を経営する幼なじみのパコ(ハビエル・バルデム)と久々の再会を喜び合う。だが、結婚式のパーティーの喧騒の中、娘のイレーネが姿を消してしまう。

やがて何者かから巨額の身代金を要求するメッセージが届く。警察に通報するなという犯人の言葉に従い、ラウラは警察に通報せずパコに協力を仰ぐ。ラウラの夫もアルゼンチンから駆けつける。

イランからスペインに舞台を移しても、ファルハディ監督らしさは健在だ。いつもなら事件を通して、男女差別をはじめとしたイランの社会状況をあぶりだすのだが、今回は当然それとは違うものをあぶりだす。それは、家族や近隣の人々の様々な過去だ。

例えば、かつて大地主だったラウラの老いた父は、事件をきっかけに土地を売った人々に対して、「ここは俺の土地だ!」「安く売り過ぎた!」と難癖をつけ始める。また、みんなが金持ちだと思っていたラウラの夫が、実は2年も前から失業中であることが明らかになる。そんなふうに事件の真相を巡って人々が疑心暗鬼に陥る中で、様々な過去の秘密や確執が見えてくるのである。

考えてみればファルハディ監督は、過去の作品でも別にイラン社会だけを描き出していたわけではない。そこでは当然、登場人物たちの様々な人間模様や秘密も描き出されていた。今回は、そうした部分に焦点を絞って描いたことで、より普遍的な人間ドラマになったともいえるだろう。

そんな中でも、最大の秘密はラウラとパコの関係に絡むものだ。実は、2人はかつて恋人同士だったのである。娘の安否を巡って憔悴していくラウラを前に、パコは元刑事の男の助言に従い、身代金を用意するフリをして時間稼ぎをする。だが、やがてそれはただのフリでは済まなくなってくる。そして、誘拐された娘に関して大きな秘密が明らかになるのだ。「誰もがそれを知っている」という邦題は、まさにその秘密のことを指しているのだろう。

ファルハディ監督の作品は謎解きや犯人探しが主眼の映画ではないが、それでもそうした要素も毎回きちんと押さえられている。特に今回はいつも以上に巧みな仕掛けが施されている。例えば冒頭に登場する、過去の誘拐事件の新聞記事を切り抜く謎の手。あるいはイレーネと男の子が遊ぶ鳩だらけの時計台。それらがサスペンスミステリーとしての魅力をアップさせる。そこにはヒチコック的なタッチも見て取れる。

時間の経過とともに、ラウラ、パコ、パコの妻ベア、ラウラの夫アレハンドロなど様々な人物たちの関係がどんどんもつれ合い、それぞれの苦悩がスクリーンを色濃く覆うようになる。

やがて、ついに真相が明らかになるが、けっして大団円とはならない。それを巡って、また新たな家族の苦悩が始まることを示唆して、ドラマは終焉を迎える。このあたりの余韻の残し方も、いかにもファルハディ監督らしいところだと思う。

この映画には大きな話題がある。ラウラ役はペネロペ・クルス、パコ役はハビエル・バルデム。そう。実生活の夫婦が主演を務め、元恋人同士を演じているのだ。はたして、やりにくくはないのだろうか? などというのは余計なお世話。さすがに2人とも抜群の演技を披露している。特に苦悩する2人の演技が胸に迫ってくる。

これまでは、どうしてもイランという国と切り離して考えられなかったファルハディ監督だが、イランと関係のないスペインを舞台に、しかもスターカップルを主演に迎えてこれだけ面白い映画を撮ったことで、あらためてその力量を思い知らされた。良い意味で、普通に凄い映画監督なのである。

 

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◆「誰もがそれを知っている」(TODOS LO SABEN)
(2018年 スペイン・フランス・イタリア)(上映時間2時間13分)
監督・脚本:アスガー・ファルハディ
出演:ハビエル・バルデムペネロペ・クルス、リカルド・ダリン、エドゥアルド・フェルナンデス、バルバラ・レニー、インマ・クエスタ、エルビラ・ミンゲス、ラモン・バレア、カルラ・カンプラ、サラ・サラモ
Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中。全国順次公開予定
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