映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「コンビニエンス・ストーリー」

「コンビニエンス・ストーリー」
2022年8月15日(月)テアトル新宿にて。午後12時10分より鑑賞(C-11)

~謎のコンビニを舞台にした謎だらけの怪映画

三木聡監督は見た目も怪しいのだが(失礼!)、作る映画やドラマもみんな怪しい。ドラマ「時効警察」シリーズ、映画「亀は意外と速く泳ぐ「転々」図鑑に載ってない虫」「インスタント沼」「音量を上げろタコ!なに歌ってんのか全然わかんねぇんだよ!!」などなど。みんなかなり癖のある個性派の作品なのだ。

「コンビニエンス・ストーリー」はその三木監督の新作。平易なタイトルとは裏腹に、謎に満ちたシュールな不条理ドラマである。日本映画の批評家のマーク・シリングという人が企画・考案し、三木監督自身が脚本を執筆した。

売れない脚本家の加藤(成田凌)は、恋人ジグザグ(片山友希)の飼い犬・ケルベロスに脚本執筆の邪魔をされたことから、腹立ちまぎれにケルベロスを山奥に捨ててしまう。だが、後悔した彼はケルベロスを探しに再び山に入る。

そこでレンタカーが突然故障し、加藤は怪しいコンビニ「リソーマート」で働く妖艶な人妻・惠子(前田敦子)に助けられる。惠子の夫でコンビニオーナーの南雲(六角精児)の家に泊めてもらった加藤だが、その時すでに現世から切り離された異世界に入り込んでしまっていた……。

まあ、とにかく何が何だかよくわからない映画だ。異世界への冒険譚ではあるものの、まさに不条理な世界。謎が謎を呼ぶものの、その答えが明らかにされることはない。その謎に何らかの意味があるのかないのかも、よくわからないままだ。まるでデビッド・リンチの世界である。

劇中の異世界で加藤と惠子は不倫関係に陥り逃亡を図るのだが、その逃亡先がこれまた怪しい温泉街で、そこでは「永遠(とわ)祭」なる不思議な祭りが行われている。このあたりも、何だかリンチ作品と共通する雰囲気である。

とはいえ、そこは三木監督。いつも通りのナンセンスな笑いが満載だ。序盤でケルベロスという犬が食べるドッグフードは「犬人間」という珍妙な名前。ちなみにキャットフードは「猫人間」という。

加藤の恋人のジグザグ(何という名前だ!?)が、ユニークなオーディションを勝ち抜いて獲得したのが、イクラを食べながら銃で撃たれるという役(映像はアート映画風)。

コンビニ店主の南雲は、毎日森に出かけてCDを流し、それに合わせて指揮をするのが習慣。

とまあ、「何だこりゃ」と失笑しそうなネタがいっぱい転がっているのだ。それ以外にも映画会社のプロデューサー、ジグザクが加藤とケルベロスの捜索を依頼する男など、奇妙奇天烈な人物が次々に登場し、ナンセンスな笑いを振りまいていく。

そうかと思えば、「いま私たちが見ている太陽は8分前の太陽なの。いま私が見ているあなたもほんのわずかだけれど過去のあなたなの」などという惠子のシリアスなセリフが飛び出したりもする。

その一方で、ホラー映画的な要素もある。加藤はかつてあったという怪事件を素材に脚本を書く。その脚本はプロデューサーに絶賛されるが、南雲によれば惠子はその事件の生き残りだという。

南雲と惠子夫妻との奇妙な三角関係へと発展していく加藤。クライマックスはあわやの展開。命からがら脱出した加藤が目にしたのは……。

というわけで、最後まで何が何だかよくわからない。観客が自分で勝手に判断するしかない。そういう意味では不親切極まりない映画なのだが、これもまた映画には違いない。

まあ、個人的には予想もつかない摩訶不思議な展開と、ナンセンスな笑いに引きずられて、けっこう飽きずに最後まで見てしまったのだが。

主演の成田凌のダメ男っぷりもなかなか堂に入っているが、前田敦子ファムファタール的な人妻役が絶品。いやいや、加藤ならずともあの怪しい魅力には抗えませんよ。ヤバすぎます。

片山友希のはっちゃけた演技も存在感十分だし、六角精児、岩松了、渋川清彦、ふせえり、松浦祐也らの怪演も見もの。みんな嬉々として演技している。

評価は分かれるだろうし、誰にでもススメられる映画ではないが、三木監督のファンならずともツボにはまれば楽しめそうである。

◆「コンビニエンス・ストーリー」
(2022年 日本)(上映時間1時間37分)
監督・脚本:三木聡
出演:成田凌前田敦子、片山友希、六角精児、岩松了、渋川清彦、ふせえり、松浦祐也、BIGZAM、藤間爽子、小田ゆりえ、影山徹、シャラ・ラジマ
テアトル新宿ほかにて公開中
ホームページ http://conveniencestory-movie.jp/ 


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「きっと地上には満天の星」

「きっと地上には満天の星」
2022年8月14日(日)新宿シネマカリテにて。午後2時55分より鑑賞(スクリーン2/B-4)

~地下生活者の母娘の受難を臨場感たっぷりに

「きっと地上には満天の星」。何とロマンチックなタイトル!これは感動のラブストーリーに違いない。

な~んて思ってはいけません。この映画は、ニューヨークの地下鉄の廃トンネルで暮らす母娘の愛と受難のドラマなのだ。

ニューヨークの地下鉄のさらに下に広がる廃トンネルに、ギリギリの生活を送る人々のコミュニティがあった。ニッキー(セリーヌ・ヘルド)と5歳の娘リトル(ザイラ・ファーマー)は、そこで貧しくも仲睦まじく暮らしていた。そんなある日、廃トンネルで不法居住者の摘発が行われる。隠れてやり過ごすことができないと判断したニッキーは、リトルを連れて逃亡することを決意するが……。

この映画の原案は、実在した地下コミュニティへの潜入ルポルタージュモグラびと ニューヨーク地下生活者たち」。つまり、地下で暮らす人たちはSFでもファンタジーでもなく実際にいたのだ。

だが、ニューヨークの治安改善と再開発を政策に掲げたジュリアーニ市長が誕生すると、地下の浄化が進み、地下コミュニティは崩壊したという。そんな歴史をふまえた映画である。

前半はニッキーとリトル母娘の絆が描かれる。暗くジメジメした地下に暮らし、貧困にあえぎながらも、2人は仲良く暮らしていた。ニッキーはこれ以上ないぐらいの愛をリトルに注ぎ、リトルはそんな母を信頼し頼り切っていた。

では、ニッキーはいわゆる「理想の母親」なのか。実は彼女は薬物中毒で、売春で生活の糧を稼いでいた。そもそも娘のことを考えたら、こんな地下生活は送らないだろう。だが、それでも彼女のリトルに対する愛には一点の曇りもなかった。

この複雑な構図がドラマのテーマをよりクッキリと浮かび上がらせる。それは「母の愛」とは何なのか?というテーマである。

本作はほぼ全編が手持ちカメラで撮影されている。その揺れる映像が臨場感たっぷりだ。前半はリトルの目線で、そして終盤はニッキーの目線で映し出された映像は、それぞれの心の奥底をリアルに表現する。

それが最大限に効果を発揮するのが、2人が当局の手を逃れて地上へ逃げ出す場面である。サスペンス映画のように緊迫感あふれるシーンが現出し、まるで観客も現場にいるかのような錯覚を覚える。

そして、その後、ニッキーがリトルとともに地上に姿を現した場面でも、手持ちカメラの映像が威力を発揮する。初めて見る地上の風景に、戸惑い、混乱し、取り乱すリトル。その心象が見事に表現された映像だ。

ちなみに、ニッキーはリトルに「背中に翼が生えたら地上に出る」と説明していた。ある種のファンタジーに依存して、現状維持に甘んじていたわけだ。だから、リトルは一度も外の世界を見たことがない。彼女が取り乱すのも道理だろう。暗黒世界で暮らしていたリトルは日差しを見ただけで、まぶしくて耐えられないのだ。

行くあてもなく街をさまよった母娘は、かつてニッキーが仕事をしていたらしい売春宿に転がり込む。そこでもニッキーはリトルを必死で守ろうとする。売春宿のボスは暴力的なクソ野郎だったが、それでもリトルには優しく接する。ところが、それは偽りの優しさだった。彼はニッキーにリトルを売り飛ばそうと言うのだ。

隙を見て売春宿を飛び出したニッキーとリトルは、再び街をさまよう。その途中、地下鉄の駅でニッキーはリトルを見失ってしまう。そこで彼女は一人で必死にリトルを探す。もしも当局に通報されれば、リトルと引き離されてしまうことは必至だからだ。

そして、ここでも手持ちカメラが大きな威力を発揮する。半狂乱になりながら遮二無二リトルを探し、絶望し、それでも諦めないニッキーをとらえる揺れ動く映像。それはそのまま彼女の心根を表現している。

手持ちカメラの映像は臨場感を醸し出す一方で、使い過ぎると鼻につくことも多いのだが、本作にはそれがない。ニッキーとリトルの不安定な状況が、手持ちカメラの映像に見事に合致しているせいだろう。

なかなか見つからないリトル。「これはチャンスだ」。ある人物のその言葉がニッキーを悩ませる。ニッキーは、苦しみ、葛藤し、その末についにある決断を下す。重く苦いラストが心に染みる。

彼女の選択は正しかったのか。本当の「母の愛」とは何なのか。観客に問いを投げかけてドラマは終わる。

というわけで、ろくな家も用意しないでホームレスを追い立てる権力者への批判もあるとはいえ、基本的には「母の愛」を問うドラマである。そこには「フロリダ・プロジェクト」や「ルーム」などとも共通するテーマがある。

監督はこれが初長編監督作となるセリーヌ・ヘルド&ローガン・ジョージ。そしてセリーヌ・ヘルドは自らニッキーを演じている。これがまあ絶品の演技なのだ。ニッキーの様々な心情を圧倒的な存在感とともに表現している。

リトル役のザイラ・ファーマーは映画初出演ということだが、こちらもなかなかの演技だった。

◆「きっと地上には満天の星」(TOPSIDE)
(2020年 アメリカ)(上映時間1時間30分)
監督:セリーヌ・ヘルド、ローガン・ジョージ
出演:ザイラ・ファーマー、セリーヌ・ヘルド、ファットリップ、ジャレッド・アブラハムソン
*新宿シネマカリテほかにて公開中
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「プアン 友だちと呼ばせて」

「プアン/友だちと呼ばせて」
2022年8月8日(月)池袋HUMAXシネマズにて。午後1時50分より鑑賞(スクリーン6/C-8)

~美しくスタイリッシュな映像で描くロード・ムービー。終盤の展開に驚愕

そろりそろりと感染しないように用心しながら映画館へ。池袋は平日でもかなりの人出だなぁ。

この日観たのは「プアン 友だちと呼ばせて」。前作の緊迫の犯罪&青春ドラマ「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」(2017年)で注目されたタイのバズ・プーンピリヤ監督の新作だ。ただし、「バッド・ジーニアス」とはだいぶ毛色が違う作品なので、そこのところはご注意を。

親友同士のロード・ムービーである。ニューヨークでバーを経営するボス(トー・タナポップ)のもとに、タイで暮らす親友ウード(アイス・ナッタラット)から数年ぶりに電話がかかってくる。ウードは白血病で余命宣告を受けており、タイに来て彼の最後の頼みを聞いて欲しいという。バンコクに駆けつけたボスが頼まれたのは、ウードが元カノたちを訪ねる旅の運転手。カーステレオのカセットテープから流れる思い出の曲とともに、2人の青春時代の甘い記憶が甦ってくるのだが……。

実はこの映画、プロデューサーをあのウォン・カーウァイが務めている。撮影現場には訪れなかったものの、脚本段階からしっかりと関わったという。そのせいか、この映画はウォン・カーウァイの色が前面に出ている。

鮮やかな色遣いのスタイリッシュな映像、ポップなタッチ、テンポの良い展開など、まるで観ているうちに「恋する惑星」をはじめとするウォン・カーウァイの作品群を思い出してしまった。そういえば最近カーウァイ監督の映画を観てないなぁ~。

撮影監督は当然、カーウァイ作品でおなじみのクリストファー・ドイル……かと思いきや、「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」に続きパクラオ・ジランクーンクムが担当しているという。うーむ、かなりの人が勘違いしてしまうのではないだろうか。それほどドイルのタッチに似た美しい映像だ。

前半はウードが「返したいもの」を手に、3人の元カノをタイ各地に訪ねる。車の運転手はボスだ。ウードは自分が余命わずかなことを隠している。3人の元カノの反応はそれぞれである。

1人目のダンス教師のアリスは、最初は嫌がるものの次第に打ち解けて和解する。2人目の俳優ヌーナーはウードを拒絶し、その怒りをばねに良い演技をする。3人目のルンは素敵な再会を果たすものの、それは実はウードの夢で……というように、3つのエピソードとも個性的に構成されている。ウードと女性たちのニューヨークでの過去の出来事も描かれるなど、いろいろと細かな工夫をして飽きさせないのだ。そこはかとないユーモアも漂っている。

ちなみに、ヌーナーが撮影している映画で、銃声とともにハトが飛び立つのはジョン・ウー監督へのオマージュなのだろうか。

それにしても、かつてのニューヨーク滞在中に3人も元カノがいるなんて、ウードは相当なプレイボーイ。一方、ボスも負けず劣らずプレイボーイで、「余命わずか」というウェットさとは無縁の旅。それでもそこには、ときおり哀愁の影が差す。

こうして2人のプレイボーイによる元カノ探訪の旅は終わる。え?こんなに早く終わって、残りの時間はどうするの?と思ったら、いやいや後半は予想もつかない意外な展開が待っていたのである。

そこで描かれるのは今度はボスのドラマ。お金持ちの後妻に収まることにした姉との確執(実は本当の姉ではない)、義父の息子との対立などを過去と現在を行き来しつつ描く。

さらに、その後ボスにも元カノがいて、そのプリムという女性とのエピソードも描かれる。2人はニューヨークに渡って一緒に暮らす。

そして、その後ウードが驚愕の事実を告白するのである。

ネタバレになるのでこれ以上詳しくは書かないが、そのウードの告白によって、ボスの過去ばかりか未来も大きく変わるのだ。

ラストはファンタジーも交えながら、ボスの新しい旅立ちを示す。それはウードの願ったことだった。ボスは大切なものを取り戻す。まさに、宣伝文句通りに「クライマックスからもう一つの物語りが始まる」というわけだ。そして、ウードとの友情をスクリーン刻み付けてドラマは終わる。

音楽もこの映画の魅力の一つだ。ウードの死んだ父親がDJで、その番組を録音したカセットを持参しているという設定から、エルトン・ジョンフランク・シナトラキャット・スティーブンスザ・ローリング・ストーンズ(「タイム・イズ・オン・マイ・サイド」が心に染みる)などの楽曲が効果的に使われる。

エンディングに流れるタイのシンガーソングライターSTAMPと、プリム役のヴィオーレット・ウォーティアが歌う「Nobody Knows」も素敵な曲だ。

効果的な使われ方をしているといえば、カクテルも同様だ。ボスがバーテンダーで、ボスの元カノもバーテンダーということで、美味しそうなカクテルが登場する。特に印象的なのは、ウードの3人の元カノに合わせてボスが作った3つのカクテルと、若き日のボスの思い出のカクテル。

出演しているのはタイの俳優たち。主演のトー・タナポップ、アイス・ナッタラットはイケメンで好感度の高そうな俳優。そして、元カノを演じた俳優たちそれぞれに個性があり、とても魅力的だった。「バッド・ジーニアス」で注目を集めたオークベープ・チュティモンも、元カノの1人として出演している。

劇中、首をひねるところもなかったわけではないが、観終わって素直に感動してしまった。ノスタルジーと切なさにあふれた映画で、後味も良い。ウォン・カーウォイとバズ・プーンピリヤ監督、かなり強力なタッグである。

◆「プアン/友だちと呼ばせて」(ONE FOR THE ROAD)
(2021年 タイ)(上映時間2時間9分)
監督:バズ・プーンピリヤ
出演:トー・タナポップ、アイス・ナッタラット、プローイ・ホーワン、ヌン・シラパン、ヴィオーレット・ウォーティア、オークベープ・チュティモン、ラータ・ポーガム
新宿武蔵野館、池袋HUMAXシネマズほかにて公開中
ホームページ https://gaga.ne.jp/puan/


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「エルヴィス」

「エルヴィス」
2022年8月1日(月)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後2時20分の回(スクリーン1/D-10)

バズ・ラーマンがゴージャスに描く。スーパースターVS悪徳(?)マネージャー

たまにはメジャーな映画を取り上げたほうが読者が増えるに違いない……。な~んていう計算があったわけではない。前から観たかったのだが、ずっと混雑していて行けなかったのだ。というわけで、今頃ですが「エルヴィス」です。

言うまでもなく稀代のロック・スター、エルヴィス・プレスリーの伝記映画だ。この手の伝記映画は多いが、そのほとんどがスターの光と影を描いたもの。本作もそうなのだが、なにせ監督が「ムーラン・ルージュ」のバズ・ラーマンだ。当然ド派手でぶっ飛んだ演出が目につく。そして、もう一つの大きな特徴が中心人物に悪役を据えているところ。その人物こそ「悪徳マネージャー」のトム・パーカー大佐である。

貧しい家庭に生まれ、黒人音楽の中で育ったエルヴィス(オースティン・バトラー)。ブルースとゴスペルをベースにした革新的な音楽と、独特のパフォーマンスでライブハウスを熱狂させる。それに目をつけたトム・パーカー大佐(トム・ハンクス)は彼のマネージャーとなり、エルヴィスは瞬く間にスターになる。だが、同時に保守的な人々の間でブラックカルチャーを取り入れた彼のパフォーマンスは非難される。

冒頭からバズ・ラーマン節が全開だ。特に序盤はやりすぎなぐらいぶっ飛んだ演出が目を引く。映像も凝りに凝っている。少年エルヴィスが黒人音楽に心酔する様子を、まるで熱病のように映し出すなど、あの手この手で場面を盛り上げるのだ。

そのエルヴィスが、腰を小刻みに揺らし、つま先立ちする独特なパフォーマンスで人気を博したのに目をつけたのがトム・パーカー大佐だ。カントリー歌手のマネージャーをしていた彼は、エルヴィスに成功の可能性を感じて、まもなく彼のマネージャーに乗り換える。

だが、実はこのトム・パーカーなる人物。かなり怪しいのだ。「大佐」と自称するように軍歴はあるものの、何か良からぬことをして逃亡してきたらしい。しかも無国籍者だという。ワケありすぎる過去を持つ謎の人物なのである。

その代わり人を籠絡させるテクニックには抜群に長けている。エルヴィスのマネージャーに収まる際にも、彼とその家族をうまいこと丸め込んでしまう。

それでも成功を手にするまでは彼らの思惑は一致していた。問題は成功後である。エルヴィスは黒人音楽に影響を受けていることもあり、当時のアメリカでは保守派の人々から顰蹙を買っていた。おまけに、独特のパフォーマンスが下品だと非難を集めていた。

そんな中、故郷メンフィスでのライブで、エルヴィスは警察に監視され、逮捕される可能性も出てきた。パーカー大佐は、逮捕を恐れてエルヴィスらしいパフォーマンスを阻止しようとするが、エルヴィスは自分の心に素直に従っていつものパフォーマンスをする。

この対立がその後も続く。世論を恐れたパーカー大佐は、エルヴィスを2年間の兵役に送り込み、愛国者のイメージを植え付けようとする。その間には愛する母の死と妻プリシアとの出会いという出来事もある。

やがて帰国したプレスリーは映画スターになるが、そのうち飽きられて人気をなくす。その復活劇を仕掛けたのもパーカー大佐だ。彼はエルヴィスに燕尾服を着せ、かつてのパフォーマンスを封印した「ニュー・エルヴィス」を演じさせようとする。だが、エルヴィスはそれを敢然と拒否する。

というように、ビジネス優先で事を運ぼうとするパーカー大佐と、心のままに歌おうとするエルヴィスはその後も何度も対立する。だが、それでもエルヴィスはパーカー大佐との関係を切れないのである。そこにはいったいどんな心理があったのか。

晩年、ラスベガスのホテルと専属契約をしたエルヴィスは、パーカー大佐が自分を食い物にしていると感じ、ようやく決別の決意をする。だが、あの手この手でそれを阻止しようとするパーカー大佐の前では、もはやなすすべがなかった。エルヴィスは薬漬けになり、家族も失ってしまう。

ラーマン監督はキング牧師暗殺、ロバート・ケネディ暗殺などの時代の重要事件も盛り込みながら、エルヴィスとパーカー大佐との関係に迫っていく。特に終盤はぶっ飛んだ演出を封印して、2人の関係性に焦点を絞る。さすがに「ムーラン・ルージュ」を手がけているだけに、楽曲の使い方も巧みである。

ところで、パーカー大佐のことを「悪徳マネージャー」と書いたが、劇中では別に彼を断罪しているわけではない。むしろそこからは、ああいう生き方しかできなかった悲劇の人という側面も見える。エンドロールの前には、エルヴィスの死後の彼の運命を伝えて悲哀を漂わせる。

結局、エルヴィスは42歳で亡くなった。死の少し前のステージで歌った「アンチェインド・メロディ」が心に染みる。もしも彼がパーカー大佐と出会っていなかったら、こんなに若死にすることもなかったかもしれない。だが、成功を収められた保証もどこにもない。スーパースターとはつくづく因果な商売である。

エルヴィス役のオースティン・バトラーは、これまではこれといった印象がなかったが(「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」などに出演していたようだが)、今回の演技は素晴らしすぎる。もともと目のあたりがエルヴィスに似ているが、圧巻のステージ・パフォーマンスと歌唱を吹替えなしで熱演している。まるでエルヴィスが憑依したかのようである。

パーカー大佐役のトム・ハンクスは特殊メイクでまるで別人のよう。声を聞けばさすがに誰だかわかるが、そうでなければ気づかないほどだ。その胡散臭い演技はさすがである。

BB.キング、リトル・リチャードなど、実在の有名ミュージシュンが続々登場するのも(しかもみんな似ている)魅力。

◆「エルヴィス」(ELVIS)
(2022年 アメリカ)(上映時間2時間39分)
監督:バズ・ラーマン
出演:オースティン・バトラー、トム・ハンクス、オリヴィア・デヨング、ヘレン・トムソン、リチャード・ロクスバーグ、ルーク・ブレイシー、ナターシャ・バセット、デヴィッド・ウェンハム、ケルヴィン・ハリソン・Jr、ゼイヴィア・サミュエル、コディ・スミット=マクフィー、ヨラ、ションカ・デュクレ、アルトン・メイソン、ゲイリー・クラーク・Jr、デイカー・モンゴメリー
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
ホームページ https://wwws.warnerbros.co.jp/elvis-movie/


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「なまず」

なまず
2022年7月30日(土)新宿武蔵野館にて。午後12時50分より鑑賞(スクリーン1/A-10)

~奇想天外!予測不能!ポップでシュールな韓国の恋愛劇

製作から時間が経って公開される外国映画も多い。そのため、売れっ子俳優のブレイク前の姿を目撃することも珍しくない。

イ・ジュヨンといえばTVドラマ「梨泰院クラス」でブレイクし、映画「ベイビー・ブローカー」「野球少女」などでも活躍している。いまや押しも押されもしない人気俳優だ。

そのイ・ジュヨンがブレイクする前に主演を務めていたのが、「なまず」という映画だ。製作は2018年。そして、これがまあ何とも不思議な映画なのである。

ソウル郊外の病院で、1枚の恥ずかしいレントゲン写真が流出する。男女が抱き合っているところを盗撮した写真だ。看護師のユニョン(イ・ジュヨン)は、その写真が自分と同棲中の恋人ソンウォン(ク・ギョファン)を写したものだと誤解する。イ副院長(ムン・ソリ)は写真の主をユニョンと決めつけ、彼女に自宅待機を命じる。だが、ユニョンはそれに従わず翌朝いつも通りに出勤する。すると、病院にはイ副院長以外誰も来ていなかった。体調不良だという欠勤理由を疑ったイ副院長は、ユニョンとともにスタッフの家を訪ねる。

この映画、全編が人を食ったブラックな笑いに満ちあふれている。映像もケレンたっぷりだ。レントゲン室のあれこれを映し出したオープニングから、ポップでシュールなタッチが全開で実にノリがいい。おかげですっかり引き込まれてしまった。

その序盤では、病院のスタッフの欠勤をめぐって、イ副院長が「体調不良なんてウソ。後ろめたいことがあるからだ」と疑念を持つ。それに対してユニョンは「本当に体調不良なんじゃないの?」とスタッフの言い分を信じる。疑念と信用はこの映画の大きなテーマになる。

ドラマの主軸はユニョンとソンウォンの恋愛劇だ。そこにも疑念と信用が反映される。看護師のユニョンと働かないダメ男ソンウォン。ラブラブだった2人が、ふとしたことからお互いに疑念を持つようになり、疑念と信用の間で2人は揺れ動く。

とはいえ、事はそれで収まらない。若い2人の恋愛劇以外にも、様々な人々が登場して様々なドラマを繰り広げる。ときどきスクリーンに映し出されるキーワードに沿って謎が謎を呼び、ドラマは予測不能で奇想天外な方向に走り出す。

邦題の「なまず」とは何なのか。実はこの病院の水槽ではなまずが飼われており、そのなまずが人々のゴタゴタ劇を目撃している。なまずはそれを独白で語る。

しかも、そのなまずが水槽でジャンプしたことから、ある病室の患者たちは「地震が来る!」と感じて逃げ出す。だが、結局地震は来なかった。その代わりに、「シンクホール」なる穴が韓国各地に出現する怪現象が発生したのだった。

無職だったソンウォンはこれにより、シンクホールを埋め戻すという職を得る。仲間とともに作業に精を出すが、その中で大切な指輪を紛失してしまう。ソンウォンは同僚を疑い始める。一方、ユニョンはソンウォンが嘘をついているのではないかと考える。そんな中、ソンウォンの元カノが意外な事実を明かす。

中盤から後半にかけても、ポップでシュールなタッチは不変。本筋とは何の関係もないドラマもテンコ盛りだ。例えば、イ副院長はなぜか自ら脚本を手がけて、病院のCM製作に乗り出す。そこでは、かつてアフリカでゴリラを解放したエピソードが綴られる。ゴリラもドラマの重要なキーワードなのだ。

というわけで、「何じゃ、こりゃ」と思うような展開の連続なのだが、面白いのだからしょうがない。まあ、ソンウォンの指輪探しの件がやや間延びするなど、後半はやや失速気味なところもあるのだが。

ラストはまたしてもシンクホール!巨大穴を使い、ユニョンとソンウォンの未来について観客に結論を預けて、突き放したようにドラマが終わる。

イ・オクソプ監督は、韓国インディーズ映画界のニューウェーブとして注目を浴びているとのこと。長編監督作品はこれが初。今後どんな方向に進むのか興味津々だ。

そして主演のイ・ジュヨンだが、これがまた何とも魅力的。コメディエンヌとしての才能もなかなかで、存在感も抜群。この頃からキラリと光るものがあり、ブレイクするのも当然だと納得。

また、本作では脚本と製作も兼任するク・ギョファンは、いかにもダメ男っぷりがハマっていて、こちらも適役。

それ以外にも、ムン・ソリがふざけた役を大真面目に演じていたり、チョン・ウヒがなまずの声を担当したり、その他の脇役にも韓国映画でよく見る顔が登場するなど、何気に豪華キャストが顔をそろえている。

他にはあまりないポップでシュールな恋愛群像劇で奇抜な発想が際立つ作品だ。これまでも韓国のインディーズ映画には魅力的な作品が多かったが、本作でもまた韓国インディーズ映画の奥深さを感じさせられたのだった。

◆「なまず」(MAGGIE)
(2018年 韓国)(上映時間1時間29分)
監督:イ・オクソプ
出演:イ・ジュヨン、ク・ギョファン、ムン・ソリ、ミョン・ゲナム、キム・コッピ、チョン・ウヒ
新宿武蔵野館ほかにて公開中
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東京に新しくできるミニシアターのこと

突然ですが、プロフィール写真を変えてみました。今まで何もアップしていなくて、それはそれで珍しくていいかと思ったのですが、そろそろ飽きてきたので。ツィッターと同じ写真ですが。

さて、今日7月29日に東京のミニシアター、岩波ホールが閉館になってしまった。他では上映されない珍しい世界の映画をラインナップしていて、とても良い映画館だった(その割になかなか行けなかったのですが)。確か名作「山の郵便配達」もここで観たと思う。

新型コロナで経営が厳しくなったとのことだが、確かにそれが直接的な原因ではあるものの、他にもいろいろと事情がありそう。何にしても残念な気持ちでいっぱいだ。

そんな中、東京に新たなミニシアターが開館する。場所は東京の東エリアの墨田区菊川。その名も『Stranger(ストレンジャー)』。従来にない新しいスタイルの映画館を目指しているようだ。これまでのミュージアム型ではなくギャラリー型の映画館を実現させるという。

ミニシアター受難のこのご時世に、何という勇気ある行動(暴挙?)。だが、私は熱烈に支持する。ミニシアターは絶対に必要なのだ。シネコンもいいけれど、シネコンでは絶対にかからない映画もある。それを上映してくれるのがミニシアターだ。ミニシアターをなくしてはならないのだ。

現在9月中旬から下旬のオープンに向けて準備中とのこと。それに合わせて、現在、クラウドファンディングを実施中。なんと800円から受け付けているので、興味のある方はぜひチェックしてみてください。私も寄付しました。

クラウドファンディング

motion-gallery.net

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「ボイリング・ポイント 沸騰」

「ボイリング・ポイント 沸騰」
2022年7月25日(月)新宿武蔵野館にて。午後12時より鑑賞(スクリーン1/B-10)

~超多忙なレストランの一夜の修羅場を全編ワンカットで見せる

サム・メンデス監督の「1917 命をかけた伝令」は、全編ワンカット(ワンショット)の映像で話題になった。その他にも、最近はテクノロジーの発達で時々この手の映画が出てくる。実はワンカットではないものの、テクニックを駆使してそう見せかけているという映画もある。いずれにしても、そうした映画の最大の特徴はリアルさと破格の緊張感にある。

ロンドンの高級レストランの一夜を舞台にした「ボイリング・ポイント 沸騰」も、全編ワンカットの映画で、半端でないリアルさと緊張感が特徴だ。

人気高級レストランのオーナーシェフ、アンディ(スティーヴン・グレアム)は、別居中の妻子のことなどで疲れ切っていた。そんな中、一年で最もにぎわうクリスマス前の金曜日がやってくる。だが、店では開店前からトラブル続き。ようやく開店したものの、スタッフたちはあまりの忙しさに一触即発状態になっていた。おまけに、アンディのライバル・シェフのアリステアが、有名なグルメ評論家を連れて突然店にやって来る。

カメラはアンディを中心にレストランの人々を追いかける。レストランのフロア、厨房、バーカウンター、バックヤード。もちろん全編ワンカットで映像が途切れない。もしかしたらテクニックを駆使して、全編ワンシーンに見せかけているのか?とも思ったのだが、どうやら正真正銘のノー編集、ノーCGらしい。おかげで、まるでドキュメンタリー映画のような圧倒的なリアルさと凄まじい緊張感がスクリーンを覆う。

何しろ舞台となるレストランが戦場のようだ。トラブルを抱え、ここ数日は事務所に寝泊まりしているというアンディが開店前の店に到着すると、そこでは衛生管理検査が行われている。検査官はあれこれと難癖をつけ、あげくに帳簿の記録が不十分だからと言って評価を下げる。従業員たちは口々に不満を言うが、アンディは必死でそれを抑える。

やがて開店。従業員たちは、様々な難題と戦いながらオーダーをこなしてゆく。ひと口に従業員と言っても個性派揃いだ。有能だが待遇に不満な副シェフのカーリー、SNS映えを何よりも優先する支配人のベス、フランス人で英語に不慣れなカミーユなど。

そこには当然対立もある。特にカーリーとベスの対立は壮絶なもの。客が生焼けだというラム肉をめぐって、2人は激しく対立する。途中からは一方的にカーリーがまくし立て、ベスはトイレに駆け込んで父に電話する。どうやら、彼女の父はこの店の共同経営者らしい。

アンディはそれらの仲立ちをするが、自分も平静でいられずにブチ切れる場面が何度かある。彼もギリギリの立場にいることがわかる。ここはまさに修羅場なのだ。

個性的といえばレストランの客も同様だ。やたらと難癖をつける客、お気楽なアメリカ人観光客、SNSインフルエンサーを自称する客、ナッツアレルギーを抱えた客などなど。それらが従業員と入り乱れながら、あれやこれやの大騒ぎを繰り広げる。

そんな客たちの中でも、ひときわアンディを不快にさせるのが、以前働いていた店のオーナーシェフ、アリステアだ。彼は事前の予告もなく、有名なグルメ評論家の女性を連れて来る。何か悪いことを書かれるのではないかと戦々恐々のアンディ。

やがて、アリステアはアンディに予想外の提案をする。しかも、その後に起きた事件をネタに使って、自分の有利なほうに事を運ぼうとする。

そんな中、さらに精神的に追い詰められたアンディは……。

まあ、映画の最初の方から、アンディはしょっちゅうマイボトルから飲み物を飲んでいるのだが、それが何だかは察しがつく。しかも、ラスト近くではそれ以上のことも明かされる。こんな戦場みたいなところで毎日働いていれば、マトモでいられないのも当然のことか。ラストには、「沸騰」というタイトルそのままの怒涛の展開が待ち受けている。

それにしても、全編ワンカットの映像だけに撮影スタッフの苦労は並大抵のものではなかったろう。そして、主演のスティーヴン・グレアムをはじめ役者の演技も出色。超長回しの映画だけに即興もかなりの部分を占めていると思われるが、ごく自然でしかも感情がこもった演技だった。監督は俳優出身のフィリップ・バランティーニ。

本作からは、様々な社会問題も浮かび上がってくる。過酷な労働環境、移民やジェンダー、貧困問題、さらにSNS全盛の今の時代やレストラン経営の困難さなども見えてくる。

とはいえ、難しいことを考えずとも、単純に楽しめる映画である。まるで自分もレストランスタッフの一員として、現場に放り込まれたような感覚が味わえる。1時間半強の映画だが、大作を観たかのような気分。そのぐらい最初から最後まで臨場感と緊張感が途切れなかった。

◆「ボイリング・ポイント 沸騰」(BOILING POINT)
(2021年 イギリス)(上映時間1時間35分)
監督:フィリップ・バランティー
出演:スティーヴン・グレアムヴィネット・ロビンソン、ジェイソン・フレミング、アリス・フィーザム、ハンナ・ウォルターズ、マラカイ・カービー、ローリン・アジューフォ、レイ・パンサキ
*ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ http://www.cetera.co.jp/boilingpoint/


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