映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ボイリング・ポイント 沸騰」

「ボイリング・ポイント 沸騰」
2022年7月25日(月)新宿武蔵野館にて。午後12時より鑑賞(スクリーン1/B-10)

~超多忙なレストランの一夜の修羅場を全編ワンカットで見せる

サム・メンデス監督の「1917 命をかけた伝令」は、全編ワンカット(ワンショット)の映像で話題になった。その他にも、最近はテクノロジーの発達で時々この手の映画が出てくる。実はワンカットではないものの、テクニックを駆使してそう見せかけているという映画もある。いずれにしても、そうした映画の最大の特徴はリアルさと破格の緊張感にある。

ロンドンの高級レストランの一夜を舞台にした「ボイリング・ポイント 沸騰」も、全編ワンカットの映画で、半端でないリアルさと緊張感が特徴だ。

人気高級レストランのオーナーシェフ、アンディ(スティーヴン・グレアム)は、別居中の妻子のことなどで疲れ切っていた。そんな中、一年で最もにぎわうクリスマス前の金曜日がやってくる。だが、店では開店前からトラブル続き。ようやく開店したものの、スタッフたちはあまりの忙しさに一触即発状態になっていた。おまけに、アンディのライバル・シェフのアリステアが、有名なグルメ評論家を連れて突然店にやって来る。

カメラはアンディを中心にレストランの人々を追いかける。レストランのフロア、厨房、バーカウンター、バックヤード。もちろん全編ワンカットで映像が途切れない。もしかしたらテクニックを駆使して、全編ワンシーンに見せかけているのか?とも思ったのだが、どうやら正真正銘のノー編集、ノーCGらしい。おかげで、まるでドキュメンタリー映画のような圧倒的なリアルさと凄まじい緊張感がスクリーンを覆う。

何しろ舞台となるレストランが戦場のようだ。トラブルを抱え、ここ数日は事務所に寝泊まりしているというアンディが開店前の店に到着すると、そこでは衛生管理検査が行われている。検査官はあれこれと難癖をつけ、あげくに帳簿の記録が不十分だからと言って評価を下げる。従業員たちは口々に不満を言うが、アンディは必死でそれを抑える。

やがて開店。従業員たちは、様々な難題と戦いながらオーダーをこなしてゆく。ひと口に従業員と言っても個性派揃いだ。有能だが待遇に不満な副シェフのカーリー、SNS映えを何よりも優先する支配人のベス、フランス人で英語に不慣れなカミーユなど。

そこには当然対立もある。特にカーリーとベスの対立は壮絶なもの。客が生焼けだというラム肉をめぐって、2人は激しく対立する。途中からは一方的にカーリーがまくし立て、ベスはトイレに駆け込んで父に電話する。どうやら、彼女の父はこの店の共同経営者らしい。

アンディはそれらの仲立ちをするが、自分も平静でいられずにブチ切れる場面が何度かある。彼もギリギリの立場にいることがわかる。ここはまさに修羅場なのだ。

個性的といえばレストランの客も同様だ。やたらと難癖をつける客、お気楽なアメリカ人観光客、SNSインフルエンサーを自称する客、ナッツアレルギーを抱えた客などなど。それらが従業員と入り乱れながら、あれやこれやの大騒ぎを繰り広げる。

そんな客たちの中でも、ひときわアンディを不快にさせるのが、以前働いていた店のオーナーシェフ、アリステアだ。彼は事前の予告もなく、有名なグルメ評論家の女性を連れて来る。何か悪いことを書かれるのではないかと戦々恐々のアンディ。

やがて、アリステアはアンディに予想外の提案をする。しかも、その後に起きた事件をネタに使って、自分の有利なほうに事を運ぼうとする。

そんな中、さらに精神的に追い詰められたアンディは……。

まあ、映画の最初の方から、アンディはしょっちゅうマイボトルから飲み物を飲んでいるのだが、それが何だかは察しがつく。しかも、ラスト近くではそれ以上のことも明かされる。こんな戦場みたいなところで毎日働いていれば、マトモでいられないのも当然のことか。ラストには、「沸騰」というタイトルそのままの怒涛の展開が待ち受けている。

それにしても、全編ワンカットの映像だけに撮影スタッフの苦労は並大抵のものではなかったろう。そして、主演のスティーヴン・グレアムをはじめ役者の演技も出色。超長回しの映画だけに即興もかなりの部分を占めていると思われるが、ごく自然でしかも感情がこもった演技だった。監督は俳優出身のフィリップ・バランティーニ。

本作からは、様々な社会問題も浮かび上がってくる。過酷な労働環境、移民やジェンダー、貧困問題、さらにSNS全盛の今の時代やレストラン経営の困難さなども見えてくる。

とはいえ、難しいことを考えずとも、単純に楽しめる映画である。まるで自分もレストランスタッフの一員として、現場に放り込まれたような感覚が味わえる。1時間半強の映画だが、大作を観たかのような気分。そのぐらい最初から最後まで臨場感と緊張感が途切れなかった。

◆「ボイリング・ポイント 沸騰」(BOILING POINT)
(2021年 イギリス)(上映時間1時間35分)
監督:フィリップ・バランティー
出演:スティーヴン・グレアムヴィネット・ロビンソン、ジェイソン・フレミング、アリス・フィーザム、ハンナ・ウォルターズ、マラカイ・カービー、ローリン・アジューフォ、レイ・パンサキ
*ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ http://www.cetera.co.jp/boilingpoint/


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