映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ローサは密告された」

「ローサは密告された」
シアター・イメージフォーラムにて。2017年8月3日(木)午前11時より鑑賞(自由席/整理番号2番)。

「麻薬に関わるものは皆殺し!」などいう過激な言動のドゥテルテ大統領が登場して、国民から高い支持を得ているフィリピン。どうしてそうなるのか?

その背景が見えてくるのが、映画「ローサは密告された」(MA' ROSA)(2016年 フィリピン)である。フィリピンのインディペンデント映画界を代表する俊英ブリランテ・メンドーサ監督による第69回カンヌ国際映画祭のコンペ部門出品作だ。

最初に登場する女性が、この映画の主人公のローサ(ジャクリン・ホセ)である。ちょっと太めの肝っ玉母さん風の彼女は、息子とともにスーパーで買い物をしている。そして、大量の買い物袋を抱えてタクシーに乗り込む。向かった先は自宅のあるスラム街。だが、運転手は「道が狭い」と途中で降りるように言う。

折からの雷雨に濡れながら、自宅に戻るローサと息子。そこは店というにはあまりにも小さい雑貨店だ。現地では「サリサリストア」というらしい。夫と4人の子供を抱えるローサは、ここでスーパーで購入した商品を小分けして販売しているのだ。

しかし、大した稼ぎにはならない。そこで、ローサは生活のために売人から仕入れた麻薬の小商いもしている。といっても、ローサは極悪人ではない。そういうことをしている人間は、スラムにはウジャウジャいる。それだけ貧困層の生活は苦しいのだ。そして、それだけフィリピンでは麻薬が蔓延しているということでもある(ちなみに、電気工だというローサの夫も麻薬に手を出している)。

そんな中、一家が食事をしていると、突然警察がやってきてガサ入れを始め、麻薬を見つける。こうして、ローサと夫は逮捕されてしまう。

それにしても何というスリリングさとリアルさだろう。メンドーサ監督は、この映画を全編手持ちカメラのドキュメンタリー・タッチの映像で描いていく。今ではそれほど珍しくない手法だが、それでもスラムが舞台だというのが効いている。ごみごみした街の様子、湿度の高そうな空気、そしてそこに暮らす人々のたくましさと弱さ。そういうものがリアルに伝わってきて、まるで自分もスラムに足を踏み入れたような感覚に襲われてしまうのである。

中盤以降の舞台は警察署に移る。連行されたローサと夫に対して取り調べが行われるかと思いきや、そうはならない。警官たちは、「釈放してやるから20万出せ!」と賄賂を要求してくるのだ。

「そんな大金はない」とローサが断ると、今度は「それなら売人を教えろ!」と要求する。仕方なくローラは、売人のジョマールに連絡して彼をおびき出す。警官たちはジョマールを捕まえる。捕まったジョマールのバッグからは、大量の麻薬と金が出てくる。警官たちは押収した金を山分けする。そして、ジョマールにも「釈放してやるから金を出せ!」と要求するのだ。

あきれるほどの警察の腐敗ぶりである。汚職警官の話は映画にはよく登場するが、これはそんな生易しいものではない。彼らの悪事は組織的で、どうやら署長など上層部も公認のようだ。ローサたちを逮捕したのも、ローサに「売人を教えろ」と言ったのも、麻薬を撲滅するためではなく私腹を肥やすためなのだ。フィリピンの警官たちの給料は安く、それがこうした悪事の温床になっているらしい。

ローサたちが捕まった背景には、彼女に近い人物が、自分の家族を助けるために密告したという事実がある。そして、ローサもまた家族を守るために麻薬の売人を密告する。この貧困層の負の連鎖が何ともやるせない。

後半になっても、スリリングさとリアルさは失速しない。相変わらず手持ちカメラの映像で、警官たちの悪行の数々をドキュメンタリー・タッチでスクリーンに刻みつける。喜々として押収した金を山分けし、酒を買い込んで宴会を始め、さらにジョマールがある画策をしたことから彼を半殺しにしてしまう。警官役の俳優たちの演技も自然で、なおさら憎々しさと怖さが増幅する。

結局のところ、ローサたちは5万という金を支払わねばならなくなる。両親を心配して警察にやってきた3人の子供に、ローサは金策を指示する。だが、それは思うようにいかない。

そこからの展開が秀逸である。子供たちは、今度は自らの意志で、自らの方法で、家族の絆を取り戻すために金を用意しようとするのだ。そこにはローサが嫌う相手からの借金や、ヤバい行為などもある。だが、それらを通して、子供たちの成長がきっちりと物語られる。

また、彼らに対する周囲の人々の反応から、この絶望的な社会の中でも、人の善意や思いやりが健在であることも明らかになる。このあたりのさじ加減が実に巧みである。

そして、そんな子供たちの行動を受けて、今度はローサが奮闘する。それもまた、自分と夫の釈放だけでなく、家族の絆を取り戻すための行動だろう。

抜群の存在感を見せたローサ役のジャクリン・ホセは、この映画でカンヌ国際映画祭の女優賞を獲得した。

ラストでの彼女の演技も素晴らしい。串焼きのようなものを食べつつ、無言で一点を見つめるローサの視線が様々なことを物語っている。どん詰まりの滅茶苦茶な社会の中で、ローラたちの家族の絆が、微かな希望の光として浮かび上がってくるのである。

これだけ麻薬が蔓延し、それに絡んで警官が平気で悪いことをするのだから、ドゥテルテ大統領の出現も何となく理解できる気がする。そんな現実社会を冷徹に描きつつ、それでも前を向こうと奮闘する家族を描き切った秀作である。

●今日の映画代、1500円。渋谷のチケットポートで鑑賞券を購入。