映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ラブレス」

「ラブレス」
YEBISU GARDEN CINEMAにて。2018年4月7日(土)午前11時より鑑賞(スクリーン1/F-7)。

失踪事件をめぐるサスペンスは多数あるが、事件の真相そのものよりも、それが巻き起こす人間模様に重点を置いた作品も目につく。

父、帰る」(2003年)、「裁かれるは善人のみ」(2014年)などで世界的に評価の高いロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフ監督による2017年のカンヌ国際映画祭審査員賞受賞作「ラブレス」(NELYUBOV)(2017年 ロシア・フランス・ドイツ・ベルギー)も、そうしたタイプの作品である。

この映画でまず注目してもらいたいのが映像だ。冒頭で最初に映る冬の森の風景。凍てついた寒々としたその映像が、映画全体の空気感を支配する。それ以降も、隅々まで計算された詩的で緊張感にあふれたショットが次々に登場する。

その森を通るのが、学校帰りの12歳の少年アレクセイだ。彼の両親は一流企業で働くボリス(アレクセイ・ロズィン)と美容サロンを経営するジェーニャ(マリヤーナ・スピヴァク)。2人は離婚協議中で口論ばかりしている。2人にはすでにそれぞれ別々のパートナーがいて、一刻も早く新生活を始めたいのだが、家が売れないためにまだ同居を続けていた。

2人の目下の最大の問題は、アレクセイをどちらが引き取るかだ。そのことについて、激しく言い争い罵り合う。「自分が引き取る」と言って譲らないのではない。新生活に邪魔だから「そちらが引き取れ」と押しつけ合っているのだ。アレクセイはそれを聞いて涙を流す。

その直後、学校に行ったはずのアレクセイがそのまま行方不明になってしまう。さすがに両親は慌てて警察に通報するが、多忙な警察は「事件性が確認できない以上すぐには動けない」と言い、ボランティアの人々に頼ることを勧める。ロシアでは警察に代わって(時には協力しながら)、こうしたケースに積極的に関わるボランティア団体が活躍しているらしいのだ。

こんなふうに、ドラマの背景にロシアの社会状況をチラチラと示すのもこの映画の特徴。例えば、ボリスの勤務する企業では、社長が厳格なキリスト教徒で社員の離婚を許さないという。そこにロシア社会が抱える息苦しさを見出すのは考え過ぎだろうか。

あるいは、ジェーニャをはじめスマホを頻繁に使う登場人物が目立つのだが、これはロシアに限らず世界的にコミュニケーション不全に陥っている人々を象徴しているとも解釈できる。そういう点で、単なる一家族のドラマを超越した深みのあるドラマに思えるのだ。

それにしてもアレクセイはどこに消えたのか。ボランティア団体のリーダーは、ジェーニャの母の家をあたるように言うが、そこにアレクセイの姿はなく、以前から険悪の仲だったジェーニャと母は激しくぶつかってしまう。

ボランティア団体は、夫婦の自宅マンションの周辺を捜索する。さらに、同級生からの情報に基づいて、廃墟となったビルの内部を捜す。だが、アレクセイは見つからない。しかも、天候が悪化して思うような捜索ができなくなってしまう。

このドラマは、息子の失踪によって変化する両親の心理を描き出す。といっても、安直に夫婦の愛が再生したりはしない。混迷する捜査と同様に、両親の心理も迷走し複雑な様相を呈するようになる。

全体を貫くのは、タイトルにもある「愛の不在」あるいは「愛の喪失」だろう。そもそもボリスもジェーニャも、息子のアレクセイへの愛を失っている。ジェーニャに至っては、自分の過去の人生を悔い「あの子を産まなければよかった」とまで語る。それが息子の失踪によって変わるかといえば、そんな単純なことにはならない。

もちろんボリスとジェーニャとの夫婦愛もとうに失われている。ジェーニャなどは、そもそも2人の間に愛などなかったとまで断言する。

では、2人と新たなパートナーとの間はどうなのか。ジェーニャは「初めて愛を知った」と言って相手に入れ込む。ボリスも妊娠中の相手と一見仲睦まじい。だが、これまたひと皮むけば何やら危うげなものを感じてしまう。前半でそれぞれのカップルのベッドシーンが、けっこう長目に描かれるのだが、あれはいったい何を意味するのか。

「お前ら、そんなに仲良くしてるけど、ホントは脆い関係なんじゃないの?」という冷徹な視線を感じるのはオレだけだろうか。ズビャギンツェフ監督は、愛というものに対して、かなり懐疑的な立ち位置にいるのではないか(少なくともこの映画では)。そう思えてくるのである。ミヒャエル・ハネケ監督ほどの意地悪さは感じないが、人間の負の側面を描き出しているのは間違いない。

さて、アレクセイは無事に見つかるのか。その答えは明確には提示されない。あることに対するボリスとジェーニャの反応から、観客それぞれが推し量るしかない。

そして最後に描かれる後日談が心を直撃する。数年後に新生活を始めているボリスとジェーニャ。その背後に流れるのはウクライナ紛争の混乱を報じるニュースだ。「結局のところ、争いばかりしている地球。ボリスとジェーニャの周辺だけでなく、世界中から愛なんて消えているんじゃないの?」と思ってしまったオレなのである。

ロシアのジャージを着て、ルームランナーで走るジェーニャのショットが、実に意味深なラストシーンだった。世界中の人々が幸せや愛を求めつつ、それが得られない現実を確実に照射した映画である。幸せや愛についての重たい問いかけが残る。

f:id:cinemaking:20180409210925j:plain

◆「ラブレス」(NELYUBOV)
(2017年 ロシア・フランス・ドイツ・ベルギー)(上映時間2時間7分)
監督・脚本:アンドレイ・ズビャギンツェフ
出演:マリヤーナ・スピヴァク、アレクセイ・ロズィン、マトヴェイ・ノヴィコフ、マリーナ・ヴァシリヴァ、アンドリス・ケイス、アレクセイ・ファティーフ、セルゲイ・ボリソフ、ナタリア・ポタポヴァ
新宿バルト9ほかにて全国公開中
ホームページ http://loveless-movie.jp/