映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「きみへの距離、1万キロ」

「きみへの距離、1万キロ」
新宿シネマカリテにて。2018年4月8日(日)午後1時より鑑賞(スクリーン1/A-8)。

「運命の恋」なんて信じちゃいない。今まで一度もそんなことはなかったし、この先もきっとないだろう。ただし、映画の中なら話は別だ。ある種の寓話として、運命の恋を魅力的に描いた作品がたくさんある。

第85回アカデミー外国語映画賞にノミネートされた2012年の「魔女と呼ばれた少女」で知られるカナダのキム・グエン監督の新作「きみへの距離、1万キロ」(EYE ON JULIET)(2017年 カナダ)も、運命の恋を描いた作品だ。しかも、遠く離れた男女の恋である。

インターネットの普及した現代。メールやSNSなどを使って、遠く離れた2人がロマンスを繰り広げる話は、けっして珍しくはない。ただし、本作はそのディテールがユニークだ。2人を仲立ちするのはメールでもSNSでもなく、監視ロボットなのだ。

北アフリカの砂漠地帯にある石油パイプライン。そこでは石油泥棒を監視するためにロボットが活躍していた。それを1万キロ離れたアメリカ・デトロイトから遠隔操作しているのがオペレーターの青年ゴードン(ジョー・コール)だ。ある日、彼は監視ロボットを通してアユーシャ(リナ・エル=アラビ)という若い女性と出会う。彼女には相思相愛の恋人がいたが、親が決めた男性と無理やり結婚させられようとしていた。それを知ったゴードンは、2人を応援しようと考える。

ゴードンとアユーシャを結びつける監視ロボットの造型が良い。外見はクモのような形。6本足を器用に使ってユーモラスに歩行する。それでいて高性能の監視カメラと武器を装備。怪しい人物を監視して攻撃もできる。オペレーターの声を現地の言葉に翻訳して、相手と会話することも可能だ。このロボットが効果的に使われる。

ドラマ的に感心するのは、対照的な2つの要素を巧みに盛り込んでいるところだ。例えば、最新のハイテクに囲まれたデトロイトに対して、荒涼とした砂漠に包まれた北アフリカの土地柄。あるいは親の目が厳しい自宅周辺では厚いコートを着込み、街中の仕事場ではそれを脱いで開放的に過ごすアユーシャの服装。

その中でもとりわけ大きなのは恋愛模様の対照である。ゴードンはアユーシャの許されざる恋のことを知り、彼女たちを応援しようと心に決める。その背景にあるのは、ゴードン自身の恋愛だ。恋人にフラれて心に痛手を負い、同僚に勧められた出会い系アプリで出会った女性と、その場限りの関係を持ったりするゴードン。その痛手や虚しさが、アユーシャのこの上なくピュアでひたむきな恋に反応して、応援する気持ちが生まれる。2つの対照的な恋愛模様によって、こうしてドラマに説得力がもたらされるのである。

このドラマには、「ロミオとジュリエット」的な雰囲気も漂っている。アユーシャの恋は許されざる恋。親が決めた男性との結婚を逃れるため、彼女と恋人は国外脱出を計画する。終盤にはアユーシャが親によって幽閉されてしまう展開もある。

そういえば、ゴードンはロボットに「Juliet3000」と名付けている(原題の「EYE ON JULIET」はそこからきたものだろう)。また、アユーシャへの送金の際には「ロミオとジュリエット」というパスワードが使われる。表面的には最新ロボットが活躍する時代の先端を行くドラマだが、その根底にあるのは「ロミオとジュリエット」のような普遍性ある恋愛ドラマというわけだ。

ただし、シリアス一辺倒の恋愛ドラマではない。道に迷って盲目の老人をロボットが道案内するシーンなど、ユーモラスな場面もあちこちにあって、それがちょうどよいスパイになっていたりもする。

アユーシャは国外脱出の費用を稼ぐために、祖母の貴金属を内緒で売る。彼女の恋人も資金稼ぎのために危険な仕事を請け負う。そのことがドラマに波乱をもたらす。悲劇的な展開が観客の胸を直撃する。

だが、悲劇のままでは終わらない。その後に描かれるのは運命の恋の顛末だ。ゴードンはアユーシャの運命を変えるべく大胆な行動に出る。

そこに関しては、もう少しハラハラドキドキの展開にして盛り上げて欲しかった気はするのだが、最後の後日談ともども、観客を温かで爽やかな気分にしてくれることは間違いないだろう。

都合の良い展開があるし、話がスムーズに進みすぎるきらいもある。また、アユーシャを束縛する封建的な社会制度や、監視ロボットが活躍する時代性に迫るような洞察はない。しかし、それは意図したことだろう。キム・グエン監督がこの映画で描きたかったのは、運命の恋をめぐる現代の寓話なのだと思う。そういう点で実に後味の良い素敵な映画に仕上がっている。

ゴードンを演じたジョー・コールは、モニターを前にした表情や態度だけで感情を表現する難しい演技をきちんとこなしている。アユーシャ役のナ・エル=アラビの起伏に富んだ演技もなかなかのものだ。

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◆「きみへの距離、1万キロ」(EYE ON JULIET)
(2017年 カナダ)(上映時間1時間31分)
監督・脚本:キム・グエン
出演:ジョー・コール、リナ・エル・アラビ、ファイサル・ジグラ、ムハンマド・サヒー、ハティム・セディキ、マンスール・バド
*新宿シネマカリテほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://kimikyori.ayapro.ne.jp/