映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「金子文子と朴烈(パクヨル)」

金子文子と朴烈(パクヨル)」
シアター・イメージフォーラムにて。2019年2月19日(火)午前11時より鑑賞(スクリーン2/E-5)。

朝鮮人アナーキストと日本人女性の愛と闘いを描いた骨太な娯楽作

大正末期のアナーキスト無政府主義者)の青年たちと、女相撲の力士たちの青春群像を描いた瀬々敬久監督の「菊とギロチン」は、昨年の日本映画界で大きな話題を呼び、毎日映画コンクールで日本映画大賞の「万引き家族」に続く日本映画優秀賞、キネマ旬報ベスト10でも1位の「万引き家族」に続く第2位に輝くなど、数々の賞を受賞した。

その「菊とギロチン」とほぼ同じ時期の日本を舞台にした韓国映画が、「金子文子と朴烈(パクヨル)」(ANARCHIST FROM COLONY)(2017年 韓国)だ。こちらにもアナーキストが登場する。実在の朝鮮人アナーキスト・朴烈と、彼と行動をともにした日本人女性・金子文子の愛と闘いを描いたドラマである。

大正時代末期の東京。朝鮮人アナーキストの朴烈(イ・ジェフン)が、人力車を引いているところからドラマが始まる。目的地に着いて車から降りた客は、料金を地面に放り投げる。額が足りないと抗議する朴烈に、「朝鮮人のくせに生意気な」と殴りかかる。まさに、そういう時代だったのである。

まもなく、朴烈の前に金子文子(チェ・ヒソ)という日本人女性が現れる。彼女は“犬ころ”という詩に心を奪われ、その作者である朴烈に出会ったとたんに、同棲を持ちかける。こうして、2人は唯一無二の同志、そして恋人として共に生きていくことになる。

て、いくら何でもお手軽すぎるだろう!! 何だこのインスタント・ラブは? と、その時には思ったのである。

だが、観ているうちにその感情が消えていく。2人の絆の強さが自然に感じられて違和感がなくなる。おまけに、後になって文子の悲惨な生い立ちがさりげなく語られるから、この映画における彼女の行動が、すべて納得できるものになっていくのだ。このあたりの組み立て方が巧みである。

そして、朴烈と文子、それぞれのキャラが実に魅力的だ。仲間たちとともに酒を飲み、革命を語るものの、爆弾の調達が思うようにいかず、手製爆弾の製造にも失敗する朴烈。革命の偉人などではなく、弱さや欠点が目立つ人間臭い人物として描かれる。

一方の文子は、無鉄砲で天衣無縫。猪突猛進型の女性だ。底抜けの明るさを持つが、それは悲惨な生い立ちの裏返しだろう。そこからユーモアの芽もたくさん生まれてくる。何者にも従属しない独立心を持つ自由人であり、その上で朴烈と結びつく。こちらも魅力たっぷりの女性である。

この映画は、大きく3つのパートに分けられる。最初のパートは、朴烈と文子が出会い、関東大震災に遭遇し、政府によって検束されるまでが描かれる。関東大震災後、社会が混乱する中で、朝鮮人へのデマや虐殺が横行する。そこで興味深いのが、朝鮮に恨みを持つらしい内務大臣・水野錬太郎の主導する日本政府の動きだ。

当時の朝鮮人虐殺の背景として、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」というデマがあったことが知られているが、水野はそのデマを積極的に吹聴する。虐殺を止めるべき政府高官が、火に油を注いでいるのだから何をかいわんやだが、そうかといって日本人すべてを悪人に描いているわけではない。水野に異を唱えたり、職を賭してその行動を阻止しようとする高官も描かれる。本作は、いわゆる「反日映画」などでは断じてない。

そんな歴史ドラマの様相も呈しつつ、物語が進んでいく。まもなく水野たちの主張によって、政府は朝鮮人社会主義者らを無差別に検束する。朴烈と文子も獄中へ送り込まれる。そんな中、水野は朴烈に目をつける。彼を一種のスケープゴートにして皇太子暗殺の罪をでっち上げ、大逆罪に問おうというのである。

そこからは、朴烈と文子それぞれに対して、若い判事の立松が予備尋問を行う。すでに結論ありきの予備尋問だが、社会のために国家権力と対峙する2人の不動の意思と、絆の強さを目の当たりにするうちに、立松の心は少しずつ揺れていく。このあたりは朴烈と文子だけでなく、立松の人間ドラマでもあり、彼と朴烈と文子との心の触れ合いのドラマの趣もある。

それが象徴的に表れるのが、立松が朴烈の願いに応えて、文子との記念写真の撮影に便宜を図るシーンだ。彼の人間性を感じさせるエピソードであるのと同時に、朴烈と文子の分かちがたい絆にホロリと涙させられる。

2人の獄中での闘いは多くの支持者を獲得し、日本の内閣を混乱に陥れる。そんな中で、最後に描かれるのが、大逆罪を問う裁判でのやり取りである。実は、朴烈も文子も予備尋問で罪を認めて、自分を不利な立場に追い込んでいた。そこにはある計算が存在していたのだ。

こうして描かれる法廷劇は、意表を突いたスリリングなもの。見せ場たっぷりの場面が続く。そして、朴烈と文子の証言が石礫のように観客の心を直撃する。何ゆえ、彼らがこうした立場で裁かれなければならないのか、それを観客に問いかける。

ただし、相変わらず日本人=悪という構図は見られない。著名な弁護士の布施辰治をはじめ、朴烈と文子をサポートする日本人も登場する。また、政府による報道規制の恐さなどは、時代や国境を越えて幅広い人々にアピールするはずだ。

終盤では2人の永遠の絆が綴られるとともに、清々しいまでに毅然とした生き様が浮かび上がる。

それにしても、日本を舞台にした外国映画にありがちな奇妙さが、この映画にはほとんどない。キャストは、韓国人、在日コリアン、日本人などが入り混じる。金守珍ら「劇団新宿梁山泊」のメンバーも出演している。それらが見事に溶け合っている。

そんな中でも、特に驚きなのが文子を演じたチェ・ヒソだ。朴烈役のイ・ジェフンともども繊細な演技が光る。何よりも彼女が話す日本語は完璧(以前から日本語に堪能らしい)。日本語なまりの朝鮮語まで習得したという。その佇まいは、まさに文子そのもの。彼女が文子を演じなければ、ここまで素晴らしい映画にはならなかったかもしれない。

当然ながら、人種差別や暴走する権力の恐ろしさ、愚かさなど社会的、歴史的なメッセージが強く込められた映画ではあるのだが、説教臭さはまったくない。他に類を見ない個性的カップルの数奇な人生をケレンに満ちたドラマに仕立て上げている。「王の男」「ソウォン 願い」のイ・ジュニク監督をはじめ、つくり手たちの懐の深さに恐れ入る。

本作は歴史ドラマであり、伝記ドラマである。そして何よりも骨太な娯楽作である。そのフレームを通して、世の中にメッセージを投げかける。その点でも、「菊とギロチン」と共通する部分があると思う。

本作を観て韓国映画の底力をまたしても実感した。今の時代だからこそ、なおさら観るべき作品だ。

 

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◆「金子文子と朴烈(パクヨル)」(ANARCHIST FROM COLONY)
(2017年 韓国)(上映時間2時間9分)
監督:イ・ジュンイク
出演:イ・ジェフン、チェ・ヒソ、キム・インウ、山野内扶、キム・ジュンハン、金守珍、趙博、柴田善之、小澤俊夫、佐藤正行、金淳次、松田洋治、ハン・ゴンテ、ユン・スル
*シアター・イメージフォーラムほかにて公開中。全国順次公開予定
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