「岬の兄弟」
ヒューマントラストシネマ有楽町にて。2019年3月31日(日)午後2時50分より鑑賞(スクリーン1/D-12)。
~足の悪い兄と自閉症の妹。その生き様にただ圧倒される
去年の「カメラを止めるな!」は極端な例だとしても、最初は細々と上映していたインディーズ映画が評判を呼び、拡大公開されるケースがたまにある。「岬の兄妹」(2018年 日本)もそんな映画だ。
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭の国内コンペティション長編部門で優秀作品賞と観客賞を受賞したとはいうものの、3月1日の公開時は全国7スクリーンのみの上映。だが、次第に上映館数を拡大させている。いったい何がそんなに評判なのか。遅ればせながら足を運んでみた。
ある地方の港町。足が不自由な良夫(松浦祐也)は自閉症の妹・真理子(和田光沙)と暮らしている。だが、良夫は勤め先の造船所をリストラされてしまう。生活に困窮した良夫は真理子に売春させて、生計を立てようとする。
何とまあヒデエ兄貴なんだ、と思うかもしれない。だが、実際に観ているとそう単純な話ではない。映画の冒頭は、良夫が必死で真理子を探すシーン。彼は妹の失踪癖に手を焼いていたのだ。夜になって、ようやく真理子の消息がわかる。妹は男に体を売って1万円をもらっていたことがわかる。
それを知った良夫は激怒し、真理子を殴りつける。必死に真理子を探す姿と合わせて、いかに彼が妹のことを思っているかがわかる。そんな彼が真理子に売春させる苦境に追い込まれるとは、何という悲劇だろうか。
だが、そう簡単に良夫に感情移入はできない。そもそも、彼は失業後に1個1円のポケットティシュに広告紙を詰めるバイトをする程度で、それ以上の行動を起こそうとはしていない。もっと他に金を稼ぐ手段はなかったのか?
知り合いの警官の肇に金を借りようとするシーンでも、良夫は情けないというよりはいい加減でチャランポランな人間にしか見えないのだ。これでは感情移入できないのも当然ではないか。
そうかといって、真理子に感情移入するのも難しい。彼女は自閉症で、まるで子供のようにふるまう。何を考えているのかさっぱりわからない。つまり、本作は安直な感情移入など許さない映画なのだ。
だが、それでも、ついスクリーンに引き込まれてしまった。兄の良夫、妹の真理子。底辺にいるどん底の2人に共通するのは、必死で生き延びようとしていることだ。それはもはや善悪や道徳を超越し、多くの矛盾を内包しつつも、ただひたすら前へと突き進んでいく。その姿がこちらの胸をグイグイと押してくるのである。
売春を始めて金を稼いだ良夫と真理子が、それまで窓を覆っていた覆いを取り外し、光に満ちた部屋でハンバーガーを食べるシーンが印象的だ。ひっそりと息を殺して生きてきた2人が、ゆがんた形ではあるものの、新たな人生を切り開いたことを示している。
本作が長編デビューとなる片山慎三監督の筆致も独特だ。兄妹に対して情け容赦ない描き方をしている。そうかといって、この手の悲惨な話にありがちなジメッとした感じもない。それどころか、あちらこちらにユーモアまで込められているのだ。底辺の人間を描いた作品といえば、呉美保監督の「そこのみにて光輝く」あたりを連想させるが、それともまた違ったユニークなタッチの映画である。
映画の中盤から終盤にかけて、良夫は自分が行っていることに罪悪感を感じつつ、それをやめられない。そこには真理子の変化も影響している。失踪癖を警戒して彼女を閉じ込めていた良夫だが、真理子は売春という仕事を得て外に出て、人と触れ合うようになる。そこには性的なことも含めて、人間としての喜びのようなものもチラリと見えてきたりもする。
真理子の売春相手として、孤独な老人や障がい者などを配しているのも特徴的だ。考えようによっては、そこから様々なテーマに考えを及ぼすこともできるだろう。
やがてある出来事から、兄妹は大きな転機を迎える。その過程で、兄はある障がい者を頼ろうとする。そのエピソードからは、妹を思う気持ちとともに、障がい者に対する偏見に近い感情を読み取ることもできる。このあたりも単純な展開ではない。本作の根底には間違いなく貧困、差別など様々な社会的問題がある。それを徹底的に追及するのではなく、一つの思考材料を観客に提供しているのである。
ラストの海の岩場での兄妹のシーンも意味深だ。妹のいわくありげな視線。兄にかかってきた電話。はたして、2人の先には何が待っているのだろうか。その後の物語の行く末を観客に委ねた余韻の残るラストである。
この映画の見どころは兄妹を演じた松浦祐也、和田光沙の演技にもある。武骨で屈折しまくった兄を演じた松浦、言葉が足りない分身体で多くを表現した和田、どちらも素晴らしい演技である。無名ながら(和田は「菊とギロチン」でも女相撲の力士の1人を演じていたが)これだけの役者が日本にもいるのだと、改めて感心した次第。
そんな兄妹のドラマではあるものの、もう1人の気になる人物がいる。警察官で良夫の知り合いの肇だ。彼は、良夫に頼まれて金を貸す。兄妹が売春していると知って真剣に怒る。だが、それ以上のことは何もしない。自ら良夫を逮捕して行いを正したり、福祉につなぐといったことはしないのだ。彼こそがまさに小市民であり、我々の多くも彼と同じような立場なのではないか。そんな世間をも活写しているとしたら、片山慎三監督、なかなかのものである(ちなみに、彼はポン・ジュノ監督作品や山下敦弘監督作品などで助監督を務めた経験を持つらしい)。
いずれにしても、人間の「生」に圧倒される作品だった。時間が経てば経つほどその重みが効いてきた。
*チラシがなくて画像がアップできなかったのですが、ぜひ下記公式ホームページをご覧ください。ビジュアルからして強烈かつ美しいです。
◆「岬の兄妹」
(2018年 日本)(上映時間1時間29分)
監督・脚本:片山慎三
出演:松浦祐也、和田光沙、北山雅康、中村祐太郎、岩谷健司、時任亜弓、ナガセケイ、松澤匠、芹澤興人、荒木次元、杉本安生、風祭ゆき
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
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