映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「あの人に逢えるまで」

「あの人に逢えるまで」
2020年4月29日(水)GYAO!にて鑑賞。

~南北の分断を背景にした美しく切ない短編ラブストーリー

だいぶ前から喉の調子が悪い。先週末にはついに発熱した。これはコロナではないのだろうかと思ったりするのだが、その後熱はほぼ平熱に下がった。悪化しているかといえばそうでもない。では回復しているかといえばそうでもない。なんだか宙ぶらりんの状態が続く。この程度だとPCR検査もやってくれないだろうしなぁ。

そんなこんなで、あまり長い映画を観る気力がない。前回取り上げた「逆光の頃」は1時間6分。他にもそのぐらい短い映画はないかGYAO!を探したら……ありました!なんと上映時間28分の短編。とはいえ、監督はあの名作「シュリ」のカン・ジェギュ。いったいどんな映画なんだろう。というわけで、「おウチで旧作映画鑑賞シリーズ」第5弾はこの映画で行ってみよう!

カン・ジェギュのもとに、香港映画祭から短編映画の提案が持ち込まれたことから製作された作品とのこと。製作は2014年だが、日本公開は2017年の「ハートアンドハーツ・コリアン・フィルムウィーク」にて。

シンプルで情感あふれるラブストーリーだ。主人公はヨニ(ムン・チェウォン)という若い女性。彼女がバスでどこかへ向かうところからドラマが始まる。だが、まもなく何やらトラブルが起きる。

そこから場面は変わって、ヨニの日常が描かれる。今日も「あの人」の好きな料理を作り、あの人の帰りをひたすら待っている。だが、なかなかあの人は帰らない。声を聞いたかと思ったら、それは幻らしかった。

序盤はごく普通のラブストーリーのように見える。あの人を思うヨニの心情が生き生きと描かれている。ひたすらあの人を待つその姿が実に健気である。

だが次第にドラマに影が差す。ヨニはどうやら記憶を失いかけているらしい。昨日の出来事を忘れないように、メモに書き起こしたりしている。アメリカにいる女性との電話も何やら謎めいている。

やがてドラマは大きな転機を迎える。ある日、ヨニのもとに役所の人間がやってくる。「明日、一緒にあの人に逢いに行きましょう」とヨニに言う。

このあたりで、本作の全体の構図がほぼ見えてくる。なぜあの人は帰ってこないのか。ヨニはいったい何者なのか。詳細は伏せるが、これは南北朝鮮の離散家族を題材にした映画なのだ。

終盤、ヨニはお手製のお弁当を手に沢山のお年寄りが乗り合わせるバスに乗り込む。その後に起きる出来事がひたすら悲しくて切ない。実際にヨニと同じような経験をした人たちがたくさんいることを思うと、何ともやるせなく心が痛む。

ラストシーンの、おそらくヨニとあの人の最後の別れになったであろう場面が深い余韻を残してドラマは終わる。

美しいラブストーリーの形をとりながら、絶妙のタイミングでテーマにつながる伏線を張っていくカン・ジェギュ監督の手腕が巧みだ。序盤でほんの一瞬だけヨニの表情が変わるシーンなどは、つい見逃してしまいそうなのだが、そのあたりの細かな演出も見事。主演のムン・チェウォンの透明感にあふれた演技も魅力的だ。

そして何よりも本作が秀逸なのは、ヨニをめぐる秘密がまさに彼女の心をそのまま象徴していることだ。つまり、ヨニの心は「あの時」から時間が止まったままだったのだ。いや、ヨニだけでなく、多くの南北離散家族にとってそれは同様だろう。だからなおさら切なさが深まるのである。

南北朝鮮の大きな悲劇を素材にした詩情あふれる美しく切ないラブストーリー。短編とはいえなかなか見応えがあった。

◆「あの人に逢えるまで」(AWAITING)
(2014年 韓国)(上映時間28分)
監督:カン・ジェギュ
出演:ムン・チェウォン、コ・ス、ソン・スク
*動画サイトにて配信中
ホームページ http://www.sphc.jp/awaiting.html