映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「花束みたいな恋をした」

「花束みたいな恋をした」
2021年1月30日(土)シネ・リーブル池袋にて。午後12時30分より鑑賞(スクリーン1/G-9)

~ごく自然体でリアルな誰にでも起こり得る恋愛劇

予告編を観た時には、ありふれたラブストーリーだと思った。観るつもりもなかったのだが、各所で絶賛されていると聞き急遽足を運んだ。「花束みたいな恋をした」である。

脚本は「東京ラブストーリー」「最高の離婚」「カルテット」などのテレビドラマのヒット作を手がけてきた坂元裕二。監督は「罪の声」「映画 ビリギャル」の土井裕泰。まあ、このコンビなら高評価なのもうなずける。

話自体は何のことはない。ベタなラブストーリーである。大学生の男女が出会って、別れるまでの5年間を描いている。

京王線明大前駅で終電を逃し偶然に出会った大学生の山音麦(菅田将暉)と八谷絹(有村架純)。音楽や文学の趣味がぴったりだったことから意気投合する。デートを重ねた2人は恋人になり、やがて一緒に住み始める。卒業後はフリーターをしながら、楽しい日々を送る。だが、まもなく絹は簿記の資格を取り就職。続いて麦も生活の基盤を築こうと、イラストレーターの夢を棚上げして就職する。そんな中、2人の歯車は少しずつかみ合わなくなっていく。

2人が出会ったのは2015年。そこから2020年までのドラマを、セリフと独白で描く。それぞれの心情は独白の中に、余すところなく吐露されているから、余白で何かを語るようなドラマではない。

麦はグーグルストリートビューに自分が写り込んでいるのに歓喜する。一方、絹は女子大生ラーメンブログが人気を呼んでいる。今どきの(といっても2015年だが)大学生である。そんな2人が恋に落ちる。

特徴的なのは、2人の共通項となる当時のカルチャーが固有名詞としてたくさん登場することだ。押井守(何と本人が登場)、今村夏子、天竺鼠、ミイラ展、ゴールデンカムイ宝石の国、きのこ帝国……。文学や演劇、漫画、音楽など多岐に渡る固有名詞がポンポンと飛び交う。2人の初デートは東京国立博物館の「ミイラ展」なのだ。

何だか細かすぎて良くわからん!と叫びたくもなるが、わからなくても特に問題はない。2人のテンポの良い会話を聞いているだけで楽しくなる。そして、そんなディテールにこだわることで、この物語がリアルで誰にでも起こり得るドラマとして響いてくる。観客一人ひとりにとって「自分のドラマ」に思えてくるのである。

前半はひたすら楽しい毎日が描かれる。3日も家から出ずにセックスした、などというエピソードには苦笑してしまうが、同居後も楽しい日々が続く。駅から徒歩30分の新居も苦にならない。お気に入りのパン屋を見つけ、拾った猫に名前を付ける。2人は一緒にいるだけで満足なのだ。

だが、転機が訪れる。絹と麦のそれぞれの就職だ。特に絹が就職してからは、2人がすれ違う場面が多くなる。それは物理的なすれ違いだけでなく、心のすれ違いにまで発展する。前半はあれほど一致していた2人の趣味にも、すれ違いが生じる。

こんなふうに学生時代の恋愛が社会人になって色あせるのは、よくある話。だが、それでも見入ってしまう。相変わらず独白によって心情が吐露されるのだが、それ以上に菅田将暉有村架純の演技が2人の心情を如実に物語るのである。

前半のキラキラした表情とは裏腹に、後半はいかにも面倒くさそうな顔や、失望の顔が目立つようになる。それもあからさまにそうした顔をするのではなく、微妙な表情の変化で見せる。その繊細な演技がドラマの情感を高める。

2人が別れる場面も秀逸だ(このへんから先はネタバレ気味なので、読みたくない人は10行ほど飛ばしてください)。友人の結婚式の帰りに、上機嫌でファミレスに入り、その勢いで別れ話を切り出す。だが、麦は別れられない。昔のような恋愛感情がなくなっても、家族になることを提案する。絹もその言葉に迷う。

そこで坂元裕二が投入してくるのが、若いカップルである。その2人に、かつて麦と絹が交わしたのと同じ会話を交わさせる。それを見つめるうちに、かつての自分たちの姿を重ね合わせ、2人は泣いてしまうのである。うーむ、何という心憎い仕掛け。本当に恋愛映画の手練れだな、坂元裕二は。

その後、別れたと言っても2人がしばらく一緒に暮らすのが面白い。何なんだろう?友人に戻ったということだろうか。何にしても2人は別れる。

そして2020年。冒頭のシーンにつながる2人の偶然の再会。お互いにそ知らぬふりをしつつ、サヨナラをする。その心中やいかに。もうすでに吹っ切れた? わずかに残る未練を振り捨てようとしてた? それは何とも言えないが、後味はけっして悪くない。

主演の2人以外にも、意外なところで意外なキャストが出演している。絹の両親役の戸田恵子岩松了、麦の父親役の小林薫、絹の勤務先の社長役のオダギリジョーなどなど。韓英恵瀧内公美あたりもいい味を出している。

ベタな恋愛ドラマにもかかわらず、過剰な演出で強引に泣かせにかかることもなく、ごく自然体でていねいに仕上げた作品だ。おかげで、無理のない情感が漂ってくる。昨今のラブストーリーには、キラキラ系や劇的なものも目につくが、そうした映画とは無縁。実によくできた恋愛映画である。

 

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◆「花束みたいな恋をした」
(2021年 日本)(上映時間2時間4分)
監督:土井裕泰
出演:有村架純菅田将暉、清原果耶、細田佳央太、オダギリジョー戸田恵子岩松了小林薫韓英恵、中崎敏、小久保寿人瀧内公美、森優作、古川琴音、篠原悠伸、八木アリサ押井守Awesome City Club、PORIN、佐藤寛太岡部たかし
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて公開中
ホームページ http://hana-koi.jp/