映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「兎たちの暴走」

「兎たちの暴走」
2023年8月30日(水)シネマロサにて。午後1時25分より鑑賞(シネマロサ1/D-8)

~ごく普通の少女の母への想いが招く大きな悲劇

中国映画「兎たちの暴走」。家で飼っていたペットのウサギちゃんが、突然凶暴な本性をむき出しにして人間を襲うパニック・ホラー映画……みたいなタイトルだが、そうではない。2020年の東京国際映画祭で上映され、ようやくこの度一般公開となった、新人シェン・ユー監督の作品。実在の事件をモチーフにしたノワール・サスペンス映画だ。

主人公は、四川省の寂れかけた工業都市に暮らす17歳の高校生のシュイ・チン(リー・ゲンシー)。父と継母、弟と暮らす彼女は、今の継母とはギクシャクした間柄だ。その一方で、学校ではジン・シー(チャイ・イェ)、マー・ユエユエ(チョウ・ズーユエ)という2人の友達とケンカしながらも楽しい高校生活を送っていた。だが、2人ともそれぞれに悩みを持っていた。

そんなある日、1歳の時にシュイ・チンを捨てて町を出て行った実母のチュー・ティン(ワン・チエン)が、突然町に戻ってくる。喜びを隠せないシュイ・チンは、少しずつ実母との距離を縮めていく。だが、チュー・ティンは危険な問題を抱えていた。そのことが思わぬ悲劇を招くことになる……。

映画の冒頭から引き込まれる。娘を誘拐された両親が、同じく娘を誘拐された父親と会い、警察に通報するかどうかを話し合う。父親2人は通報すべきだというが、母親は絶対に通報するなと主張する。だが、結局彼らは警察署に向かう。そこで娘たちは無事だという連絡が入り事件は一挙に解決。と思いきや、彼らの乗ってきた車のトランクからとんでもないものが見つかるのだ!

シェン・ユー監督の一番好きな映画は、ダニー・ボイルの「トレインスポッティング」。好きな映画監督はポン・ジュノデヴィッド・フィンチャーだと言う。それが何となくわかる衝撃的でサスペンスフルなオープニングだ。

その後は、3人の少女の青春模様が描かれる。シュイ・チン、ジン・シー、マー・ユエユエ。3人それぞれの個性が際立っていてわかりやすい。優等生タイプのシュイ・チン。お金持ちの子供で校内放送のDJをするジン・シー。美人でモデルをすることもあるマー・ユエユエ。

だが、この3人はそれぞれに悩みを抱えている。シュイ・チンは、義母から疎んじられて孤独感を抱えている。ジン・シーは両親の不仲に悩んでいる。マー・ユエユエは父親による束縛が強く、暴力も振るわれていた。

そんな中、シュイ・チンの実母のチュー・ティンが町に戻ってくる。シュイ・チンは孤独感もあってずっと母に憧れていた。そのため、どんどん彼女に接近していく。

尺がそれほど長くないこともあって、このあたりの娘と実母の心理描写にはやや物足りないものも感じた。また、この映画では、舞台となる四川省攀枝花市という町も重要な要素となっている。地方の工業都市で高低差があるのが特徴。どこか閉塞感を感じさせる町だが、その押し出し方がやや弱い気もした。

それでもこの映画は見応えがある。何よりも映像が素晴らしい。前述したシュイ・チンとチュー・ティンが心を通わせるところも、映像の力で説得力を持たせる。

シュイ・チンは一途に母に向かっていく。一方のチュー・ティンは、最初はやや迷惑そうにしているが、次第に母としての想いを抱くようになる。その様子を被写体と距離を置いた冷めた映像で映し出す。

いかにもノワールものらしく、暗く、重たく、そして美しい映像だ。実母が暮らす古い劇場、実母と3人の少女が出かけたトンネル、寂れた町の風景。どれを取ってもサスペンスフルで、観ていて何だかゾクゾクしてくる。色彩感覚にも優れていて、特にクライマックスシーンでの光の使い方は出色だった。

シェン・ユー監督はこれがデビュー作だが、映画には長い間様々な立場で関わってきたようで、そのキャリアを感じさせる仕事ぶりだ。

さて、シュイ・チンはいつの間にか実母にのめり込み、彼女の窮地を救おうとする。あたかも、それが閉塞したこの町や、自らを縛るものからの脱出への道であり、そこに自らの未来があるかのように……。

だが、それは危うい計画。彼女の思惑は外れ、想定外の出来事が起きる。そしてオープニングにつながる終幕が訪れる。

こうして普通の少女の実母への思いが、ちょっとしたボタンの掛け違いから大きな悲劇に至る。「善と悪は紙一重」というシェン・ユー監督の言葉を実感するとともに、恐ろしさと切なさを感じずにはいられない映画だった。

中国映画には、そこはかとなく社会への批判が織り込まれていることが多いが、このドラマの背景にも貧富の格差や地方と都市の格差、虐待などの問題が見て取れる。エンディングでは、これも中国映画の定番らしく教訓めいた言葉が述べられるが、とにもかくにもノワール映画として魅力的な作品だ。

3人の少女を演じたリー・ゲンシー、シー・アン、チョウ・ズーユエはいずれも等身大の瑞々しい演技だった。実母のチュー・ティンを演じたワン・チエンは、小悪魔的な最初の印象が次第に母親の顔に変わっていく演技が見事だった。

粗削りなところはあるが、シェン・ユー監督の才気を感じさせる一作。次々に有能な新人監督が出てくる中国映画界。この監督も、もしかしたらこれから大化けするかもしれない。

◆「兎たちの暴走」(兎子暴力/THE OLD TOWN GIRLS)
(2020年 中国)(上映時間1時間45分)
監督:シェン・ユー
出演:ワン・チエン、リー・ゲンシー、シー・アン、チャイ・イェ、ホアン・ジュエ、パン・ビンロン、ユウ・ガンイン、チョウ・ズーユエ
*新宿k’sシネマほかにて公開中
ホームページ https://uplink.co.jp/usagibousou

 


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