映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「否定と肯定」

否定と肯定
TOHOシネマズ シャンテにて。2017年12月9日(土)午後1時50分より鑑賞(スクリーン1/D-11)。

世の中には、いまだに「地球が丸いというのはウソだ!」と言い張っている人がいるらしい。となれば、歴史的事実として認められていることを否定する人間がいても、驚くには値しないだろう。そういう連中のことを歴史修正主義者と呼ぶ。正確に言えば歴史捏造主義者、ないしは歴史歪曲主義者と表現する方が正しいようにも思えるのだが。

ナチスによるユダヤ人虐殺、いわゆるホロコーストを否定する連中も根強く存在する。そんな人物とユダヤ人女性の歴史学者との裁判闘争の行方を描いた、実話をもとにした映画が「否定と肯定」(DENIAL)(2016年 イギリス・アメリカ)である。

主人公はアメリカの大学で教鞭をとるユダヤ人女性の歴史学者デボラ・E・リップシュタットレイチェル・ワイズ)。彼女は、イギリスの歴史家デイヴィッド・アービングティモシー・スポール)が主張する「ホロコースト否定論」を看過できず、自著の中で彼の説を真っ向から否定する。

1994年、リップシュタットが講演をしていると、その会場にアービングが乗り込んでくる。彼は自説を滔々と述べたて、リップシュタットを攻め立てる。アービングがいかにくせ者で、厄介な存在かが即座にわかるシーンである。

だが、それはまだ序の口だった。アービングはなんとリップシュタットを名誉棄損で訴えたのだ。しかも、訴えた先はイギリスの裁判所。実は、イギリスの司法制度では、訴えられた側に立証責任がある。したがって、リップシュタットはアービングが唱える「ホロコースト否定論」を崩す必要があった。

そんな難しい裁判ではあるが、リップシュタットは受けて立つことにする。彼女は頑固で、自信家で、猪突猛進型の性格の持ち主だったのだ。まもなく彼女のためにイギリス人たちによる弁護団が組織される。

最初にリップシュタットが会ったのは、ダイアナ妃の離婚も担当したという、若くて優秀な弁護士のアンソニー・ジュリアス(アンドリュー・スコット)。ただし、彼は事務弁護士。イギリスの法廷で実際に弁護をするのは法廷弁護士の役目だという。

その法廷弁護士に就いたのはリチャード・ランプトン(トム・ウィルキンソン)。ベテランで実績充分の弁護士だ。だが、アウシュビッツの現地調査での行動などから、リップシュタットは彼に不信感を持つ。

そして、リップシュタットをさらにイラつかせる出来事が起きる。弁護士たちは裁判でホロコースト生存者ばかりか、リップシュタット自身にも証言させないというのだ。自らホロコーストの真実を証明したいと意気込んでいたリップシュタットにとって、それは耐えがたいことだった。たとえそれが裁判に勝つための最善の策だとしても……。

要するに、この裁判はイギリスの独特な司法制度のせいで、かなり屈折したものになったのだ。よくある法廷劇のように真実を追求する醍醐味も薄ければ、二転三転するスリルもそれほどない。お互いの細かな弱点を突き合う場面が多いのである。

だが、それでも観応えのあるドラマが展開する。その一つの要因は、法廷弁護士リチャードを演じるトム・ウィルキンソンと、ホロコースト否定論者アービングを演じるティモシー・スポールにある。前者が名優なら後者は実力派俳優。2人による緊迫感に満ちた演技対決から目が離せない。「ボディガード」で知られるミック・ジャクソン監督による演出、デヴィッド・ヘアによる脚本もなかなかのものだと思う。

そんな2人の対決のヤマ場か終盤に訪れる。アービングは「収容所にガス室など存在せず、遺体置き場兼防空壕だった」と主張する。それにリチャードが理詰めで挑んでいく。そこでは、裁判前にリチャードたちが行ったアウシュビッツでの現地調査が生きてくる。そうしたことを通して、リップシュタットとリチャードとの間には、強い絆が生まれていく。

そうなのだ。この映画は法廷劇であるのと同時に、それを通してリップシュタットが成長していく姿を描いた人間ドラマでもあるのだ。

最初は直情型で、頑固で、自信家だった彼女は、裁判の途中で弁護団の意向を無視して、ホロコーストの生存者に「証言をさせる」と勝手に約束してしまう。

だが、裁判が進むにつれて、自分の感情だけをぶつけても事態は良い方向に向かわないと理解し始める。ホロコースト否定論者に対峙するために、チームの仲間とともに、最善の道を模索することの重要性を知り始めるのである。

リップシュタットを演じたレイチェル・ワイズの演技もさすがだ。法廷では証言を許されないため、その表情だけで様々な感情を表現する。オスカー女優(「ナイロビの蜂」で第78回アカデミー賞助演女優賞)だけのことはある。

裁判の結果はどうなるのか。いったんリップシュタット側に有利に傾いたように見せて、その後の裁判長の言葉でハラハラさせるなど、終盤の展開もなかなかよく考えられている。

ドラマの最後には一応のカタルシスが用意されている。だが、お気楽なハッピーエンドにはなっていない。そもそもアービングの意図は、裁判で勝つ以上に自らをアピールする目ことにあったと推察される。であるならば、彼はある意味、目的を達したともいえる。歴史修正主義者が厄介な存在であることを、強く印象付けて映画は終わりを迎える。

ホロコーストに限らず、歴史を捻じ曲げようとする人間は、古今東西、様々な場所にいる。それだけに、誰にとっても無関係とはいえない作品だと思う。

●今日の映画代、1500円。事前にムビチケ購入済。

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◆「否定と肯定」(DENIAL)
(2016年 イギリス・アメリカ)(上映時間1時間50分)
監督:ミック・ジャクソン
出演:レイチェル・ワイズトム・ウィルキンソンティモシー・スポールアンドリュー・スコット、ジャック・ロウデン、カレン・ピストリアス、アレックス・ジェニングス
*TOHO シネマズ シャンテほかにて全国公開中
ホームページ http://hitei-koutei.com/