映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「さよなら、僕のマンハッタン」

さよなら、僕のマンハッタン
新宿ピカデリーにて。2018年4月14日(土)午前10時55分より鑑賞(シアター8/D-9)。

ニューヨークには一度も行ったことがない。昔、現地に移住したばかりの女の子がホームシックになり、「今すぐにこっちに来い!」と電話で言われたことがあるが、そんなことできるかいっ!!

それでもいつか遊びに行ってやろうかと思っていたのだが、その後は貧乏生活まっしぐらゆえ、ニューヨークどころか伊豆にだって行けないのだ。

とはいえ、ニューヨークの街を何となく理解している気がするのは、ニューヨークを舞台にした映画をたくさん観ているせいかもしれない。

さよなら、僕のマンハッタン」(THE ONLY LIVING BOY IN NEW YORK)(2017年 アメリカ)も、ニューヨークを舞台にした映画である。「(500)日のサマー」「gifted/ギフテッド」のマーク・ウェブ監督が、未発表の優れた脚本を集めたハリウッドの「ブラックリスト」に入っていたアラン・ローブによる脚本を映画化。実現までに10年以上かかったとか。

ちなみに、原題の「THE ONLY LIVING BOY IN NEW YORK」に聞き覚えがあると思ったら、サイモン&ガーファンクルの名曲「ニューヨークの少年(The Only Living Boy in New York)」と同じタイトル。劇中でも、この曲が効果的に使われている。

映画が始まってすぐに飛び込んでくるのが、隣人役を演じているジェフ・ブリッジスの渋い声。昔は危険だが創造的な街だったのに、今では安全で刺激のない街になっている云々と、ニューヨークの街の変化について語っている。

そのニューヨークに暮らす主人公トーマス(カラム・ターナー)。彼もまた安全だが刺激のない青年だ。大学を卒業して親元を離れひとり暮らしを始めたが、これといった人生の目的も見いだせずにいる。ちょっと古い言葉だが、いわゆるモラトリアム人間的な立ち位置といえるだろう。そんなトーマスが様々な人生経験をして、大人になっていくという成長物語が、このドラマの柱になる。

彼が経験するのは恋愛と家族をめぐる出来事だ。最初にトーマスが夢中になっているのは、古書店員のミミ(カーシー・クレモンズ)という女性。ただし、彼女には彼氏がいて、「あなたは恋人ではなく友達」と言われてしまう。純真でいい人だが、恋人にするには刺激が足りないというのだ。

いるよなぁ、こういう若者。恥ずかしながらオレもそうだったのだ。これまで何回もそういうこと言われてきたもん。だから、つい身につまされてトーマスに同情してしまった……というような個人的なことはどうでもいいのだが、何にしてもトーマスはまだ大人になりきれていない若者なのである。

ところが、まもなく彼はショッキングな出来事に遭遇する。ミミと一緒に入ったナイトクラブで、トーマスは父(ピアース・ブロスナン)の浮気現場を目撃してしまうのだ。母(シンシア・ニクソン)のことが心配なトーマスは、浮気相手の女性ジョハンナ(ケイト・ベッキンセイル)を尾行するようになる。

出版社の経営者で何かと口うるさい父と、ぎくしゃくした関係にあるトーマスは、浮気を目撃したことを父に告げられない。そうこうするうちに、ジョハンナに尾行を気づかれてしまい、「父と別れてくれ!」と直訴する。

このあたりも、いかにも純粋真っすぐなトーマス君である。彼の母はもともと精神が不安定で、父の浮気のことを知られたら大変だという事情はあるにしても、いきなり浮気相手本人に別れを要求してしまうのだから。やれやれ。

だが、話はそれで終わらない。なんと彼はひょんなことから、そのジョハンナと関係を持ってしまうのだ!!

何やらウディ・アレンのラブコメに出てきそうな展開だが、もちろんこの恋愛模様もトーマスの成長につながってくる。ミミとジョハンナ、2人の恋愛模様を通して、自分ではどうにもならない思いや、言葉とは裏腹の本心など、大人ならではの様々な心理を経験するのである。

その微妙な心理の揺れ動きを、マーク・ウェブ監督が繊細に描いていく。派手さはまったくないが、じわじわと観客の心に染みこんでくるような描き方が巧みだ。トーマスだけでなく、彼の両親やミミ、ジョハンナの心理描写についても同様だ。

そして、この映画にはもう1人忘れてはならない人物が登場する。トーマスのアパートの隣室に越してきたW・F・ジェラルド(ジェフ・ブリッジス)と名乗る不思議な中年男性だ。彼はトーマスの話を聞き、人生についてアドバイスを送るようになる。時にはズバリとトーマスの本心を見抜き、時には含蓄のある文学的表現を用いて助言をする。

いったい、コイツは何者なのだ? と思ったら、終盤に彼のビックリの正体が明かされる。まさかそんな……という展開ではあるのだが、人生の不可思議さと複雑さをトーマスに知らしめる点では、これ以上ない究極のエピソードかもしれない。

ラストの後日談ではトーマスの成長が印象付けられる。劇的な変化ではなく、ほのかな灯りをともして、観客をほのぼのした気分にさせる。「きっとこれから彼は前に進んでいける」。そうと思わされるのである。

地味で小ぶりな映画だが、しみじみとした味わいは何物にも代えがたい。誰しも人生においてトーマスのような時期があるだけに、自分の経験を思い出して甘酸っぱい気分になるかもしれない。

主演のカラム・ターナーは、純真かつ繊細で傷つきやすい若者にピッタリの演技だった。もしかしたら、これからブレイクするかも。ケイト・ベッキンセイルピアース・ブロスナンシンシア・ニクソンジェフ・ブリッジスといった脇役たちのツボを心得た演技もこの映画の魅力。

さらに、サイモン&ガーファンクルの曲だけでなくボブディランの曲なども効果的に使われているので、そちらにもご注目を。

◆「さよなら、僕のマンハッタン」(THE ONLY LIVING BOY IN NEW YORK)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間28分)
監督:マーク・ウェブ
出演:カラム・ターナーケイト・ベッキンセイルピアース・ブロスナンシンシア・ニクソン、カーシー・クレモンズ、ジェフ・ブリッジス
丸の内ピカデリー新宿ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ http://www.longride.jp/olb-movie/