映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「おいしい家族」

「おいしい家族」
ヒューマントラストシネマ渋谷にて。2019年9月21日(土)午後2時20分より鑑賞(スクリーン3/D-3)

~父が母になる!? ユニークな家族を通して家族とは何かを問う

家族とは何かを問う映画は多い。是枝裕和監督の「万引き家族」などはその典型だろう。新鋭・ふくだももこ監督の「おいしい家族」(2019年 日本)も、家族についての映画である。「若手映画作家育成プロジェクト2015」で短編映画「父の結婚」を手がけたふくだ監督が、同作を長編化した作品だ。

主人公は銀座のコスメショップで働く橙花(松本穂香)。映画の冒頭、いきなり口紅を塗られる唇が大写しになる。そして、化粧品のCM風の映像が展開される。この唇は橙花がメイクを施した客のもの。その客はメイクが気にいらず、捨て台詞を吐いて出て行ってしまう。橙花が、仕事面で順調とは言い難い状況であることを端的に示す場面だ。

順調でないのは私生活も同様だ。続いて映るのは橙花と別居中の夫との食事風景。そこではお互いにまったく違うものをオーダーする。それをこれまたCM風の映像でテンポよく見せる。現在の2人の関係を端的に表す場面だ。さらに店員が2人の結婚記念日を祝うケーキを運んでくるに及んで、気まずい雰囲気が流れ、それを観ている観客は苦笑するほかなくなるのである。

この冒頭部分の描写だけで、ふくだ監督の才気が充分に感じられた。短編を引き伸ばしたこともあってか、話自体にそれほどの起伏はないのだが、それでもあの手この手で飽きさせない工夫をしている。

橙花は、母の三回忌で故郷の離島に帰る。ところが、実家で彼女を待っていたのは、亡き母の服を着た父・青治(板尾創路)の姿だった。橙花の動揺を気にすることもなく、青治は「父さんは、母さんになろうと思う」と言い放ち、さらに「結婚するつもりだ」と報告する。そして、新しい家族として居候の男性・和生(浜野謙太)とその娘の女子高生・ダリア(モトーラ世理奈)を紹介するのだった。

設定だけ見れば大爆笑のコメディーになりそうな設定だ。だが、そうはなっていない。全編に笑いが散りばめられているものの、どちらかというと脱力系のゆるい笑いが中心で、それが独特の世界を形成している。

それはリアルな世界ではなく、ある種のファンタジー的な世界と言っていいだろう。実は青治は学校の校長なのだが、女性の服を着て校門前に立っていても、ほとんどの生徒はそれを気にも留めていない。いや気に留めていないのは生徒だけでない。島のほとんどの人々が青治の言動を素直に受け入れているのだ。

そんなファンタジー的な世界にふさわしく、劇中ではダリアと彼が好意を持つ同級生の瀧によるダンスシーンなども飛び出す。橙花の亡き母の美しい姿を、現在に登場させる幻想的なシーンなどもある。

独特の世界の中で展開されるのは、もちろん家族のドラマである。青治が女装して男性との結婚を宣言していることから、ジェンダーや異性装、同性婚などのテーマを追求した映画だと思うかもしれないが、ピンポイントでそうしたテーマに迫っているわけではない。

そもそも青治が母(つまり青治の妻)の服を着始めたのは、彼女の死による不在に耐えられなくなったからだ。さらに料理を覚えたものの、妻の得意だったおはぎだけがうまく作れずに、妻の服を着ればうまく作れるのではないかと考えたことも明かされる。

この映画で提示されるのは、より広い家族というものの在りようだ。青治が結婚するという和生と娘のダリアとの間には、血縁があるのかどうかわからないという。橙花の弟・翠の妊娠中の妻はスリランカ人女性だ。つまり、ここで提示される家族は、血縁、性別、国籍、生い立ちなどを問わない、ごちゃ混ぜの人々の繋がりなのだ。

父の錯乱とも思える行動に当初は戸惑う橙花だったが、そうした繋がりを目の当たりにするうちに少しずつ変化していく。戸惑いつつも、新しい家族の姿を受け入れていくようになる。なぜなら彼らを繋げているものが、「愛」であることが伝わってくるからだ。夫婦愛、親子愛といった限定的な愛だけではなく、より普遍的な愛がそこに存在しているのである。

聞くところによると、ふくだ監督は自身も養子だという。本作の血縁に依拠しない家族の姿には、そんな監督自身の思いが投影されているのかもしれない。

ラスト近くの浜辺での大集合が実に微笑ましい。現実にはありそうにない話だし、きれいごとに思える人もいるだろう。だが、それでも、多くの観客がこの新たな家族像を肯定的に受け止めるのではないだろうか。

主演の松本穂香に加え、板尾創路、浜野謙太、モトーラ世理奈たちの個性的な演技も見ものだ。

ふくだ監督はまだ20代とのこと。小説家としても活躍しているそうで、今後の作品も楽しみだ。

 

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◆「おいしい家族」
(2019年 日本)(上映時間1時間35分)
監督:ふくだももこ
出演:松本穂香、浜野謙太、板尾創路笠松将、モトーラ世理奈三河悠冴、柳俊太郎
ヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中
ホームページ https://oishii-movie.jp/