映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「mid90s ミッドナインティーズ」

「mid90s ミッドナインティーズ」
2020年9月10日(木)グランドシネマサンシャインにて。午前11時10分より鑑賞(シアター8/C-9)。

~不良に憧れる少年の成長。俳優ジョナ・ヒルの監督デビュー作

少し前に、俳優のシャイア・ラブーフが自身の体験をもとに脚本を書いた自伝的作品「ハニーボーイ」が公開されたが、「マネーボール」「ウルフ・オブ・ウォールストリート」などの俳優ジョナ・ヒルも自伝的要素のある映画の脚本を手がけた。「mid90s ミッドナインティーズ」(MID90S)(2018年 アメリカ)。自身が少年時代を過ごした1990年代のロサンゼルスを舞台に、13歳の少年の成長を描いた青春ドラマだ。しかも、こちらは自ら監督も手がけた監督デビュー作である。

映画の冒頭、いきなり暴力シーンが登場する。主人公の13歳の少年スティーヴィー(サニー・スリッチ)が、兄のイアン(ルーカス・ヘッジズ)にボコボコにされている。小柄な彼は、いつもイアンに殴られていた。2人はシングルマザーの母ダブニー(キャサリン・ウォーターストン)と暮らしている。

ダブニーはスティーヴィーに対して過保護で、何かと口うるさい。その一方で、彼女は男にだらしなく、最近も一人の男が家に出入りしている。また、イアンは友達もおらず孤独で、そのモヤモヤをスティーヴィーにぶつけているらしい。だから、スティーヴィーは家で鬱屈した日々を送っていた。

そのあたりの家庭の事情などは、ウダウダと説明したりせずに、登場人物の行動やセリフでさりげなく観客に示唆する。序盤から、ジョナ・ヒル監督のセンスの良さがうかがい知れる演出だ。

そんな中、スティーヴィーは、街のスケートボードショップにたむろする少年たちと出会う。年の近いルーベン、スケボーが抜群にうまいレイ、陽気なファックシット、いつもビデオカメラを回す無口なフォースグレードの4人だ。

この4人ときたら完全な悪ガキ。言葉遣いもきたなければ、素行も不良。たばこや酒は当たり前。立ち入り禁止の場所でスケボーをして警備員とののしり合うなど、困った少年たちなのだ。とはいえ、スティーヴィーみたいな年頃の男の子は、ああいうのに憧れちゃうんだよなぁ~。いかにも自由で楽しげに見えるから。自分の思春期を思い起こして、「そういえば自分も……」と思う人も多いのではないだろうか。

ティーヴィーも彼らに憧れる。そして、少しずつ彼らと打ち解けていく。そんなスティーヴィーの心理を生き生きと映しだす。彼の表情を見ただけで、家から解放され、新たな世界を見た彼の喜びがダイレクトに伝わってくる。そこではスケボーも大きな役割を果たす。仲間とともにスケボーで車道を走る疾走感や躍動感が、そのままスティーヴィーの気持ちを表現する。

ある大胆な行動によってスティーヴィーは、仲間との距離を縮める。だが、同時に1人の仲間との確執も生み出す。その後、彼は仲間とともに様々なことを経験する。タバコ、酒、ドラッグ、そして初めての性的体験。それらを通して仲間との連帯感を強めていく。家族に対する態度も変わってくる。母のダブニーに正面切って反抗し、兄のイアンを殴り返す。それはスティーヴィーにとってある種の成長といえるだろう。

だが、終盤になってドラマには暗い影が見えるようになる。母のダブニーは、スティーヴィーを仲間と切り離そうと行動を起こす。当然ながらスティーヴィーはそれに抵抗するのだが、そのあたりで仲間のレイが、スティーヴィーに語りかけるシーンが印象深い。彼は自分の身の上を明かし、人生の苦難を語る。

さらに、その後、4人の仲間たちの間に隙間風が吹き始める。彼らそれぞれに夢があり、困難な中でも結束を固めていたはずなのに、時間とともにそれぞれの思惑がすれ違い始めたのだ。

その果てにクライマックスでは、衝撃的な事件が起きる。何が起きるかは伏せるが、そこからエンディングへと向かう展開が秀逸だった。特に、ラスト近くでスティーヴィーとイアンが無言でジュースを飲むシーンが絶品。2人の胸に去来する様々な思いと切っても切れない絆が、無言の中に表現されていた。

ラストではフォースグレードが撮影した映像が流れる。スティーヴィーと4人をとらえた映像だが、それが多くのことを物語り、余韻を残してドラマが終わる。これは彼らにとって一つのピリオド。これまでを糧にきっと彼らは自分の道を進み、もがき苦しみながらも前を向くのではないか。そんな微かな希望が感じられるエンディンクだった。

ジョナ・ヒル監督の演出は抑制的でありながら、ツボをきちんと押さえたもの。劇中で全編に流れる当時のヒット曲も効果的で、監督としての才能を感じさせた。おかげで自伝的要素云々という枠を超えて、普遍的な青春ドラマに仕上がっている。

主人公のスティーヴィー役は、「聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア」「ルイスと不思議な時計」などのサニー・スリッチ。スケボーは本職のようでお手のものだが、あの年頃らしい繊細な感情描写も堂に入っている。

そしてイアン役のルーカス・ヘッジズは、セリフ以外で多くを表現できる素晴らしい役者。彼が演じたからこそイアンがただの暴力兄ではなく、深い孤独を抱えた傷ついた人間であることが表現できたのだろう。ちなみに、ヘッジズは「ハニーボーイ」でも、主人公オーティスの青年期を演じていた。

母親役のキャサリン・ウォーターストンも存在感を見せている。また、4人の悪ガキたちは、ほとんどがスケートボーダーでプロの役者ではないらしいが、それでもなかなかの演技を披露している。

本作の製作は、「ムーンライト」「レディバード」「ミッドサマー」など話題作を次々に送り出すスタジオA24(冒頭では、スケボーで描かれた「A24」の文字が崩れるシャレた映像が飛び出す)。このスタジオの作品には、本当にハズレが少ない。ジョナ・ヒル監督ともども今後も注目だ。

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◆「mid90s ミッドナインティーズ」(MID90S)
(2018年 アメリカ)(上映時間1時間25分)
監督・脚本・製作:ジョナ・ヒル
出演:サニー・スリッチ、ルーカス・ヘッジズキャサリン・ウォーターストン、ナケル・スミス、オーラン・プレナット、ジオ・ガリシア、ライダー・マクラフリン、アレクサ・デミー
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ http://www.transformer.co.jp/m/mid90s/