「泣く子はいねぇが」
2020年11月20日(金)グランドシネマサンシャインにて。午前11時30分より鑑賞(シアター9/F-9)
~大人になれない男の迷走はナマハゲとともに
秋田には確か仕事で一度だけ、それも日帰りで行ったのみだと思う。なので現地のことはほとんど知らないのだが、それでも男鹿半島の伝統行事であるナマハゲの存在は知っている。仮面をつけて藁の衣装をまとった男たちが「泣く子はいねぇが」と子供たちに迫るヤツである。
そのナマハゲが効果的に使われている映画がある。タイトルはズバリ「泣く子はいねぇが」。これまで短編映画で評判を取ってきた佐藤快磨監督のオリジナル脚本による長編デビュー作で、あの是枝裕和監督率いる映像制作者集団「分福」が企画協力している。さらに、エグゼクティブプロデューサーには、「新聞記者」「MOTHER マザー」などで知られるスターサンズの河村光庸が名を連ねている。デビュー作にして、これだけのサポートが得られるのだから、佐藤監督、なかなかの才能の持ち主と見た。
ドラマは秋田の男鹿半島でスタートする。冒頭で早くもナマハゲ登場。家々を回って子供たちに向かって「泣く子はいねぇが」と叫ぶ場面が登場する。
続いて、主人公のたすく(仲野太賀)が市役所に現れる。娘の出生届を出しに来たのだ。しかし、すでに玄関は閉まっており時間外窓口のようなところへ行く。そこから早くもこの男の負のオーラが浮き彫りになる。
家に帰れば、娘とともに妻のことね(吉岡里帆)が待っている。だが、この夫婦、すでに何やら険悪な雰囲気だ。いかにも頼りなさそうなたすくに、ことねはひどく苛立っている。
そんな中、大晦日の夜に、たすくはナマハゲの祭りに参加する。ことねとは「酒を飲まずに早く帰る」ことを約束していた。しかし、酒を断ることができずに泥酔したたすくは、日頃の鬱憤を晴らすかのようにナマハゲの面を付けたまま全裸で街へ走り出してしまう。しかも、その姿がテレビで全国に放送されてしまったのだ。
ことねに愛想を尽かされ、地元にもいられなくなったたすくは、逃げるように東京へと向かう……。
全裸で走り出すのはともかく、酒を飲んで失敗するのはよくあること。それよりも問題は、以前からことねとの間に隙間風が吹いていたことだろう。だが、そのあたりの経緯は一切描かれない。
実は、それこそが本作の重要なポイントではないだろうか。もしも、たすくのダメさを示すエピソードを列挙すれば、彼が特別な人間に思えてきて観客との距離が離れてしまう。それをしなかったことで、彼がどこにでもいる普通の男で、しかも「もしかしたら自分と似ているかも……」と観客に思わせる効果を発揮しているように思える。そうした共感こそが、この映画の面白さを倍加させるのではないか。
その後、ドラマは東京に出て2年後のたすくにフォーカスする。相変わらず彼は頼りなさげだ。それでも、酔いつぶれて自宅に泊めた後輩の女の子に迫られて、思わず「俺、娘いる!」と告白する。ただし、その際に「さっきのこと誰にも言わないで……」と懇願するのがまた情けないのだが。
その後、地元の友人・亮介(寛一郎)から、元妻のことねの消息を聞いたこともあり、たすくの中に「ことねと娘に会いたい」という思いが強くなる。そして、彼はついに地元に戻るのだ。
ここからは、過去を謝罪してことねとヨリを戻そうとするたすくの姿が描かれる。とはいえ、それは苦難の道のりだ。たすくの存在は地元の人々にとって忘れたい存在であり、たすくはひたすら「ごめんなさい」と謝ることしかできない。金も仕事もないたすくには何もできない。夜の店で働いているらしいことねにも、なかなか会うことができない。
厳しい現実にもがき苦しみ、迷走し、挫折するたすく。佐藤監督はそんなたすくをはじめ登場人物の心理を繊細に見せる。セリフ量は少ないのだが、どれも実感のこもったセリフばかり。さらに、そこに込められない微妙な感情まで表現していく。セリフとセリフの絶妙の間が印象的だ。閉塞感漂う地方の映像も巧みに取り入れられている。
本作にはユーモアもタップリ詰まっている。冒頭近くの市役所の職員もどことなく変だし、亮介が密漁した魚介を買い取る民宿の男もどう見ても怪しい。そんな奇妙な人々が生み出すオフビートな笑いをはじめ、思わずクスクス笑いしてしまう場面が随所にある。
たとえ過去の過ちがあっても、いやだからこそ、たすくの真摯な思いには嘘がないはず。それでも人生は甘くはない。愚直で不器用なたすくが取り得る行動は限られている。彼は自分の思いを貫こうとする。
終盤で特に印象的だったのが、海辺に止めた車の中でのたすくとことねの会話だ。たすくにとっては最後のチャンスであり、ことねにとっても大きな岐路となる場面。両者の揺れ動く気持ちがそのまま伝わってきて胸が締め付けられた。今年の日本映画の名シーンの1つではないだろうか。
そしてラストには予想外のシーンが待っていた。最後のたすくの咆哮。それはまさに彼の心の叫びであり、彼にとってのけじめであり、ようやく彼が成長したことを物語る場面でもある。
主演の仲野太賀は、こういう役をやらせたらピカイチだ。根っからのいい人なのだが何かが足りない。どこか空回りしている。そんなたすくを完璧に演じている。また、ことね役の吉岡里帆も素晴らしい演技。表面的には毅然としつつも、内面では揺れ動く気持ちをきちんと表現していた。「見えない目撃者」に続く好演だ。温かくおおらかに接する母・せつ子を演じた余貴美子、適度な距離感でサポートする友人・亮介役の寛一郎らも存在感を発揮している。
観ているうちにたすくが自分にそっくりに思えてきた。大人になれない大人。優柔不断で頼りない男。はい。それは私です。結婚もしていないし子供もいないけれど、最初から最後までたすくに共感しまくりだったのはそのせいだろう。特に終盤はあまりのリアルさに胸苦しくなるほどだった。
私のように共感しまくりの男性も多いはず。いやいや、女性も共感できるのでは?だって、周りにこういう男はたくさんいるものね。きっと。
◆「泣く子はいねぇが」
(2020年 日本)(上映時間1時間48分)
監督・脚本・編集:佐藤快磨
出演:仲野太賀、吉岡里帆、余貴美子、柳葉敏郎、寛一郎、山中崇、田村健太郎、古川琴音、松浦祐也、師岡広明、高橋周平、板橋駿谷、猪股俊明
*新宿ピカデリーほかにて全国公開中
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