映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「野球少女」

「野球少女」
2021年3月5日(金)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後12時40分より鑑賞(スクリーン7/D-9)

~夢をあきらめない真っ直ぐな心の清々しさ

水島新司の野球漫画「野球狂の詩」では、女性のプロ野球選手・水原勇気が活躍する。同作は、1977年に木之内みどり主演で日活で実写映画化もされている。

それから40数年の時を経て、韓国でプロ野球を目指す女子高生の奮闘を描いた青春スポーツ映画が登場した。その名も「野球少女」である。

高校の野球部でただ一人の女子選手として活躍し、天才野球少女と称えられてきたチュ・スイン(イ・ジュヨン)。彼女の夢はプロ野球選手になることだった。だが、現実には、女子というだけで正当な評価をされず、トライアウトさえ受けられない。おまけに母親からも反対されてしまう。そんな中、プロ野球選手の夢が破れた新人コーチのチェ・ジンテ(イ・ジュニョク)が赴任してきたことから、彼女の運命が変わり始める……。

スインは、かつて大きな話題を集めた選手だった。だが、それはあくまでも珍しい女子選手としてのこと。けっして実力を評価されていたわけではない。しかも、彼女は子供の頃から男の子に混じって野球をしていたが、バカにされ、差別され、それでも歯を食いしばって頑張ってきたのだ。

無口で、めったに笑顔を見せずに、遮二無二前に進む彼女の性格は、そうした環境から形成されたものかもしれない。彼女はひたすら目の前の壁を打ち壊そうとする。

高校では卒業の時期が近づき、進路を決めねばならない。スインと幼い頃から一緒に野球をしてきた男子選手はドラフトで指名された。周囲はスインを女子野球の選手にしたり、ソフトボールの選手にしようとするが、スインは絶対にプロの野球選手になると言って聞かない。

頼るべき家族も、母親が強烈に反対する。スインの父親は資格試験に何度も失敗している。その間は仕事もしていないようだ。彼に対する母の怒り、不満が、理不尽にもスインに向けられ、プロ野球選手という夢をあきらめさせようとする。

そんな中、新人コーチのチェ・ジンテが赴任してくる。彼はプロ野球選手の夢が破れ、妻とも別れて生活が荒れていたらしい。あまりやる気を見せないチェは、スインに対しても初めのうち「女がなぜ野球部にいるんだ」と懐疑的だ。だが、夢を追うスインの心はいささかも揺るがない。その執念に心動かされたチェは、彼女をサポートするようになる。

野球狂の詩」の頃は、女子のプロ野球選手は夢のまた夢。ある意味、絵空事の面白さがあったわけだが、その後は吉田えり片岡安祐美など、「目指すはプロ」を公言する選手が出現している(実現はしていないが)。

そうした時代の変化を反映しているのか、本作はリアルさを追求した作りになっている。ド派手な仕掛けは何もない。エキストラを大量動員した白熱の試合シーンなども登場しない。しごく真面目な描き方に終始しているのだ。

そこではスインの心情が丁寧に描かれる。どんなに周囲が反対しても、揺らがない彼女の真っ直ぐな情熱。頑固なのではない。どんなに差別されても、実力で負けたわけではない。彼女が夢をあきらめるのは、本当に敗北した時だけなのだ。

だから、スインは強烈なまでのストレートへのこだわりを捨てる。豪速球とボールの回転力が強みの彼女だが、球速は130キロそこそこしかない(130キロでもスゴイ球だが)。150キロを出すことを目指して、ハードなトレーニングを重ねるが、それは土台無理な話だった。

スインが悔しそうに語る場面がある。幼い頃は男子に負けない体格と体力を持っていたのに、年齢を重ねるうちに逆転されてしまった。その差は埋めようがないのだ。

そこで、コーチのチェはナックルボールの習得を勧める。ナックルは「ケガした選手が投げるボール」だと拒否していたスインだが、自らの球速の限界を悟り、ついにナックルボールを投げ始める。すべてはプロ野球選手になる夢の実現のためだ。

しかし、事態はなかなか思うようにいかない。スインは母の世話で、工場の現場で働くことになる。プロ野球選手はあきらめたのか?

いやいや、そんな中でも彼女は練習を続け、ついにチェのコネクションで、プロ野球チームのトライアウトを受けることになるのだ。

というわけで、ド派手な仕掛けこそないものの、クライマックスのトライアウトのシーンはなかなかの緊迫感だ。バッターとの対決は見応えがある。

そして、その後は二転三転する展開の末、彼女の新たな旅立ちをスクリーンに刻んでドラマは終わる。

前面にこそ出ていないが、本作には最近のジェンダー平等に対する社会の盛り上がりが反映されているに違いない。「女のくせに」という言葉が、常にスインにはついてまわる。夢をかなえるために限界に挑み続けるスインの戦いは、そうした社会の固定観念との戦いでもあるのだ。

主演のイ・ジュヨンの力強い演技が光る。基本は強気を押し通す彼女だが、その裏で時には弱さも垣間見せる。そのバランスが素晴らしい。野球の演技もなかなか本格的だ。Netflixのドラマ「梨泰院クラス」で注目を集めたのこと(観ていないのでよく知らないが)。

差別にめげず、夢をかなえるために全力でぶつかるスインの姿が清々しい。「女のくせに」などといわれて悔しい思いをした経験のある人のみならず、すべての夢をあきらめない人への力強い応援歌となるはずだ。

 

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◆「野球少女」(BASEBALL GIRL)
(2019年 韓国)(上映時間1時間45分)
監督・脚本:チェ・ユンテ
出演:イ・ジュヨン、イ・ジュニョク、ヨム・ヘラン、ソン・ヨンギュ、クァク・ドンヨン、チュ・ヘウン
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://longride.jp/baseballgirl/