映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「そばかす」

「そばかす」
2022年12月19日(月)新宿武蔵野館にて。午前11時55分より鑑賞(スクリーン1/D-10)

~普通ってなんだ?誰にも恋愛感情を持てない女性の世間の常識とのバトル

前回取り上げた「ケイコ 目を澄ませて」を再度鑑賞してきた。前回のシネマ・ロサに続いて今度はテアトル新宿にて。音響の良さもあり前回とは違う発見もあった。そしてケイコや周囲の人々の心情がさらにリアルに伝わってきて、ドラマの輪郭がよりクッキリと浮かび上がった。私的には今年の日本映画のベスト1だと確信した。

その製作に関わっているメ~テレ(名古屋テレビ)は、今年開局60周年を迎えたこともあり映画づくりに熱心だ。なかでも、(not)HEROINE movies/ノットヒロインムービーズというシリーズは、すでに第一弾の「わたし達は大人」、第二弾の「よだかの片想い」が公開になり、新たに第三弾の「そばかす」が現在公開中だ。いずれも迷える若い女性を描いた見応えある作品である。

30歳になる蘇畑佳純(三浦透子)は、チェリストになる夢を諦めて、実家暮らしをしながら地元のコールセンターに勤務していた。妹(伊藤万理華)が結婚・妊娠したこともあって、母親(坂井真紀)は佳純に早く結婚してほしいとプレッシャーをかける。だが、佳純はこれまで一度も恋愛したことがなく、そもそも恋愛感情というものを抱いたことすらなかった。それを誰にも理解してもらえず、いら立ちを募らせる佳純。ついに母親は彼女に無断でお見合いまでセッティングしてしまうのだが……。

他者に恋愛的にひかれないのはアロマンチック、性的にひかれないのはアセクシュアルというそうだ。そういう人がいるという話は聞いたことがある。主人公の佳純もそうらしい。こういう設定はあまり聞いたことがない。

とはいえ、観客とかけ離れたドラマというわけではないだろう。「結婚しろ!」などと周囲にうるさく言われて、イライラ感を募らせている人や、世間の常識とやらに違和感を持つ人はたくさんいるはず。そんな人に希望を与える映画だ。

冒頭は合コンらしきシーン。男が佳純にアプローチしてくる。だが、佳純にまったくその気はない。

家に帰れば母親が結婚しろとうるさい。妹はすでに結婚・妊娠しているから、何かと比較される。父親は救急救命士だが、どうもうつ病らしい。ついでにおばあちゃんは3回離婚しているとか。

いや、こんなもん、ネタの詰め込み過ぎでしょう(笑)。この家庭だけでいくらでもドラマができそう。監督の玉田真也も、企画・原作・脚本のアサダアツシも、元々演劇畑の人らしいから、サービス精神過剰なのだろうか。芝居と一緒で何が何でも楽しませなければ帰さない!的な精神なのか!?笑いもたくさんある映画だが、そこにも過剰さを感じてしまう私なのだった。

でも、まあ、それを除けばなかなかに面白い映画だった。その後、佳純が様々な人々と出会って変化していくわけだが、それがみんな「普通ではない」人なのだ。

まず最初に出会ったのが、見合い相手の男。母親が無断でセッティングしたお見合いだけに、アウト・オブ・眼中。嫌々話してみたら、相手も結婚や恋愛に今は興味がないという。「今は」というのがミソなのだが、とりあえず気が合うからと佳純はその男と友達づきあいする。だが、その後2人の思いがすれ違う。

2人目に出会ったのはかつての同級生の男。今は保育士をしているという彼に誘われて、佳純はコールセンターをやめて保育園で働くことになる。そして彼は自らがゲイであることを打ち明ける。

3人目は元AV女優の真帆。しかも、彼女の父親は政界に出ようとしているのだ。浜辺で再会した真帆は、いきなり佳純をキャンプに誘う。すっかり意気投合した2人は、佳純が保育園で披露する電子紙芝居を一緒につくることにする。演目は「シンデレラ」。だが、それが男目線の作品であることに気づいた2人は、オリジナルの「シンデレラ」をつくることにする。

終盤、乗りに乗って電子紙芝居を披露するはずだった佳純だが、やはりそこで世間の常識とやらに翻弄される。口では「多様性を尊重」などと言いつつも、世間の本音は違っているのだ。それに対して真帆が反撃の狼煙を上げるなどして、その後は色々とすったもんだがあるのだが、いずれにしても佳純は自分の思い通りに生きる真帆を尊敬する。

クライマックスの真帆の結婚式シーンが素晴らしい。長らく封印していたチェロを弾く佳純のその表情に、万感の思いがこもる。

さらに、最後にはもう1つの出会いが……。そして疾走だっ!こういう映画のラストには疾走が最も似合っている。佳純とともに、観客の心もまた疾走するはずだ。

主演の三浦透子が素晴らしい。それほど派手な演技をするわけでもないのだが、実に豊かな表現力だ。佳純の様々な変化する心を見事に表現しきっていた。特にやさぐれ感漂うシーンは絶品。「ドライブ・マイ・カー」の時と同様に、タバコを吸う姿が様になっている。ついでに彼女は、主題歌も歌っている。これがなかなかに良い歌声なのだ。

真帆役の前田敦子ら脇役陣もいい味を出している。坂井真紀や三宅弘城三浦透子の父母役で違和感ないもんなぁ。年取ったなぁ。

あまりアロマンチックとかアセクシュアルとかに、こだわって観ないほうがいいかもしれない。そこを特に深く追求しているわけではない。むしろ世間の常識というものに違和感を持ち、もがき苦しみながら、自分の生き方を見つけて行く女性のドラマとして観たほうがわかりやすいだろう。三浦透子の演技だけでも観る価値がある。

佳純の好きな映画が、トム・クルーズの「宇宙戦争」というのが笑える。それ以外の映画では、目的に向かって走るトムだが、この映画ではただ一目散に逃げるだけ。それがいいというのだ。うーむ、やっぱ変わってるわ、この子(笑)。

◆「そばかす」
(2022年 日本)(上映時間1時間44分)
監督:玉田真也
出演:三浦透子前田敦子伊藤万理華、伊島空、前原滉、前原瑞樹、浅野千鶴、北村匠海田島令子、坂井真紀、三宅弘城
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ https://notheroinemovies.com/sobakasu/

 


www.youtube.com

にほんブログ村に参加していますので↓

にほんブログ村 映画ブログへ にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村