映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「小さき麦の花」

「小さき麦の花」
2023年2月19日(日)YEBISU GARDEN CINEMAにて。午後3時15分より鑑賞(スクリーン2/D-6)

~ある農村の貧しい夫婦の日常。忘れていた大切なものを思い起こさせてくれる映画。

 

YEBISU GARDEN CINEMAに行くのは、いつ以来だろうか。けっこうな期間、閉館していたから、ずいぶん久しぶりになると思う。相変わらずいい雰囲気の映画館だ。

鑑賞したのは中国映画「小さき麦の花」。驚くべきは舞台となる中国の農村地帯。いまだにこんなところがあるのかと思うような光景が広がる。そして映画も今どきの映画とは趣が違う。初期のチャン・イーモウ作品を思わせる土着的な雰囲気があるのだ。

ある夫婦の物語である。2011年、中国西北地方の農村。貧しい農民ヨウティエ(有鉄)は、マー(馬)家の四男。だが、両親とふたりの兄は他界し、今は三男・ヨウトン(有銅)の家で暮らしている。息子の結婚を心配する兄にとって、ヨウティエは家族の厄介者だった。一方、内気で体に障がいがあるクイイン(貴英)もまた家族から厄介者扱いされていた。2人は形ばかりの見合いをして、結婚させられ、貸家をあてがわれる。

その2人の日常が描かれるのがこの映画だ。ヨウティエは相棒のロバとともに、砂漠に囲まれた荒れ地を耕し、小麦や芋、とうもろこしを育てる。クイインはそれを手伝う。その日常をリー・ルイジュン監督が、丹念に、ていねいに追うのだ。おそらく相当な時間をかけてロケをしたのだろう。ちなみに、撮影場所は監督自身の故郷、甘粛省である。

当然ながら、突然結婚させられた2人の関係は最初はぎこちない。だが、ヨウティエは寡黙だが、働き者で、何といっても優しさにあふれている。

結婚を先祖に報告するために紙銭を燃やし、輸血が必要な豪農がいれば献血をする(それも何度も)。兄の長男のために結婚道具を運べと命じられても黙って従う。過酷な運命をそのまま受け入れ、精一杯生きるのだ。

もちろんクイインに対しても、ひたすら優しい。前半にとても素敵な場面がある。町に行って帰りが遅いヨウティエの帰りを待ち続けるクイイン。暗い中をようやくヨウティエが帰ってくる。クイインは「魔法瓶の湯が何度も冷めてしまった」と寒さに体を震わせる。そんな彼女に、ヨウティエは「これを羽織るといい」と町で見つけたコートを差し出すのだ。

ヨウティエが声を荒げるのは、農作業中にクイインが失敗した時の一度だけ。それもすぐにその後で温かな声をかける。

こんな具合だから、2人の距離は次第に縮まっていく。まったく会話のない夫婦だったのが、少しずつ言葉を交わすようになる。そんな2人を見ているうちに、こちらの心もポカポカと温まってくる。

本作が素晴らしいのは、2人の関係を農作業とリンクして描いているところだ。麦の種をツケで買いそれを撒く。発芽した苗は、やがて陽光を浴びて麦の穂となる。その美しい金色の輝きが、ヨウティエとクイインのかけがえのない日常をそのまま映し出す。

夫婦は鶏も育てる。農民から借りた有精卵を温めて、雛をかえし、卵を産むまでにするのだ。卵を温める電球の灯りが2人を優しく包むシーンは絶品。こういう印象的なシーンがたくさんある映画だ。

本作は、中国では都市部の若者を中心に大ヒットしたそうだが、それは現代社会が失ってしまった大切なものがこの映画にあったからかもしれない。

だが、近代化の波は2人にも押し寄せる。空き家を解体すれば金が出ることになり、よそに出かけていた家主が舞い戻り、家を解体する。そのためヨウティエとクイインは家を失ってしまう。それでも彼らはめげない。土をこねた日干し煉瓦で家を作るのだ。

この家づくりが農作業とともに、後半では大きく取り上げられる。そして困難にもめげず、やがて家は完成する。2人は待望の自らの家を手にしたのだ。2人の絆はさらに深まる。

ところが、その先には悲劇が待っていた……。

ラストシーンで近代化に身を委ねる以外選択肢のなくなったヨウティエの姿が、あまりにも切ない。こうして現代中国がもたらす暗い側面を、そこはかとなくドラマに織り込むのも中国映画の特徴だろう(ストレートに描いたら上映できないからね)。

クイインを演じたハイ・チンはプロの女優だが、ヨウティエ役のウー・レンリンをはじめとするその他のキャストは、すべて監督の近親者や知人で固めているらしい。よくもまあきちんと役を演じたものだと思うと同時に、だからこそウソのない映画になったのだとも思う。

生きることの意味や近代化の功罪など様々なことを考えさせられる一作。とにもかくにも夫婦のひたむきな姿が心を打つ。映画館を出た後の恵比寿ガーデンプレイスのライトアップが、一段と心に染みたのだった。

◆「小さき麦の花」(隠入塵煙/RETURN TO DUST)
 (2022年 中国)(上映時間2時間13分)
監督・脚本・美術・編集:リー・ルイジュン
出演:ウー・レンリン、ハイ・チン、ヤン・クアンルイ、チャオ・トンピン、ワン・ツァイラン、シュー・ツァイシャ、リウ・イーフー、チャン・チンハイ、リー・ツォンクオ、ワン・チールー
*YEBISU GARDEN CINEMAほかにて公開中
ホームページ https://moviola.jp/muginohana/

 


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