「メグレと若い女の死」
2023年3月22日(水)新宿武蔵野館にて。午後12時より鑑賞(スクリーン1/C-7)
~ドパルデューが演じる老境のメグレ警視。人間ドラマに見応えあり
日本でもおなじみのメグレ警視。ベルギーの小説家ジョルジュ・シムノンの推理小説の登場人物で、過去に映画やテレビでジャン・ギャバン、マイケル・ガンボン、ローワン・アトキンソンなどが演じている。
そして今回、メグレ警視を演じるのはフランスの名優ジェラール・ドパルデュー。そして、監督は「仕立て屋の恋」でおなじみの名匠パトリス・ルコント。とくれば、これは味わい深い映画になること請け合いである。
ちなみに、「仕立て屋の恋」もジョルジュ・シムノンの小説が原作だ。
1953年。パリ・モンマルトルのバンティミーユ広場で、シルクの高級なイブニングドレスを着た若い女性の刺殺体が発見される。遺体の身元は不明。捜査に乗り出したメグレ警視(ジェラール・ドパルデュー)は、ほとんど手掛かりがない中で事件の真相に迫っていく。
もちろんミステリー映画だから謎解きの妙味はある。メグレ警視は被害者が来ていた高級ドレスぐらいしか手掛かりがない中で、様々な人々の証言を聞き、被害者の身元を特定する。そして、さらに事件の真相に迫っていく。
そこにはハイソな人々の影がちらつき、倒錯的な秘密が絡んでくる。わかってしまえば「なぁーんだ」となるが、そこに至るまでの経緯はなかなかに見応えがある。
だが、それ以上に見応えがあるのがメグレ警視や周辺の人々の人間ドラマだ。メグレ警視はすでに老境。医師から大好きな喫煙(パイプ)を止められ、「もう引退してもいいんじゃないか」とまで言われる。食事もあまり取れないらしい。その姿にはどこか哀愁が漂う。
それでも彼は捜査に打ち込む。なぜそこまでするのか。終盤に明かされるのだが、実は彼は被害者と同じ年ごろの愛娘を亡くしていたのだ。その悲しい思いが被害者に重なる。身元判明後、被害者が埋葬される際には、自ら墓地に出向いて立ち会う。そこには妻の姿もある。メグレ警視と妻が肩を並べて歩く場面に2人の切なさがあふれている。
被害者は田舎からパリに出てきた娘。夢や希望にあふれた彼女を待ち受けていたのは、都会の残酷で冷たい運命。彼女は孤独だった。その思いをメグレ警視が受け止める。
そしてメグレ警視は、もう一人の女性にも心を寄せる。聞き込みの過程で、被害者と似通った若い女性ベティと知り合いになったメグレは、彼女をおとり捜査に利用する。その結果、彼女は危険な目に遭う。
そんな彼女を自宅に連れ帰って泊めるメグレ。翌朝、妻とベティが楽しげに会話しているのを、洗面所で聞いて思わず笑みが漏れる。ベティに亡くした娘の面影を見ていたのだろう。ここはとても良いシーンだ。
まあ、今だったら、あんな強引なおとり捜査をやったら大問題になるが、そこは1950年代の話なので……。
映画全体のトーンも実に渋い。暗めの映像でノワール映画的な雰囲気もある。かといってリアリズムに徹しているわけではなく、抒情的な側面もあって、そのバランスがとても良い。
何よりこれだけの話を、1時間半弱にまとめるのはさすがにルコント監督だけのことはある。特に省略の巧さに感心させられる。
主演のドパルデューは、その巨体もあって存在感が半端ない。そしてその姿には哀愁が漂う。最初に彼がメグレ警視を演じると聞いて、ちょっと想像がつかなかったのだが、なるほど納得のキャスティングだ。
ラストシーンで、故郷に帰ったベティを見送ったメグレ。その表情に、そして後姿に様々な思いが込められていた。
派手さはまったくないし、驚くような映画ではない。だが、本格ミステリーとそれをめぐる人間ドラマには、捨てがたい味わいがある。余韻の残る映画である。
◆「メグレと若い女の死」(MAIGRET)
(2022年 フランス)(上映時間1時間29分)
監督:パトリス・ルコント
出演:ジェラール・ドパルデュー、ジャド・ラベスト、メラニー・ベルニエ、オーロール・クレマン、アンドレ・ウィルム、エルベ・ピエール、クララ・アントゥーン、ピエール・モウレ、ベルトラン・ポンセ、アン・ロワレ、エリザベート・ブールジーヌ、フィリップ・ドゥ・ジャネラン
*新宿武蔵野館ほかにて公開中
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