映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「ソウルに帰る」

「ソウルに帰る」
2023年8月14日(月)Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下にて。午後1時35分より鑑賞(9F/C-9)

~自分のアイデンティティはどこにあるのか。一人の女性の心の軌跡を鮮烈に

いやぁ~、久しぶりに映画館に行ったな。いつ以来だろう。2週間以上ぶりかな。

というわけで、この日行ったのはBunkamuraル・シネマ 渋谷宮下。本家Bunkamuraの休館中にオープンした新しい映画館だ。渋谷東映が撤退したあとに入ったわけだが、旧館の良さは残しつつも、ロビーなどはかなりおしゃれな雰囲気。2つあるスクリーンのうち9階しか行かなかったが、さすが東急グループという感じだった。いろんな意味で。

そして、この日観たのは「ソウルに帰る」。韓国では1950年代の朝鮮戦争を背景に、子供を養子に出す家庭が急増した。そんな中、フランスで養子縁組された25歳の女性が、韓国に渡って実の両親を探す話だ。

というと、お涙頂戴の感動物語を想像しがちだが、そうではない。何しろ主人公のフレディ(パク・ジミン)は、最初は韓国に来るはずではなかった。日本でバカンスを送るはずが飛行機が飛ばず、それならと韓国にやってきたのだ。

冒頭はその彼女がソウルのゲストハウスに宿泊するシーン。そこで知り合ったフロント係の女性テナ(グカ・ハン)は、親切でしかもフランス語ができる。彼女はその後のフレディの旅の同伴者となる。

フレディは自由奔放な女性だ。テナたちと飲みに行った先で、知らない客も巻き込んで大宴会を繰り広げ、したたかに酔ってある男と寝る。とにかくノリが軽いのだ。

そんな彼女は、顔は「典型的な韓国人」などと人から言われるが、韓国語がまったくできない。自分はフランス人だと思っている。だから韓国の独特の風習や習慣になじむことができない。

それでも次第に自分のアイデンティティに疑問を感じ始める。そのきっかけは両親探しだ。もともと両親を探す気はないと言いつつも、唯一の手掛かりだった出生時の写真を持ち歩く。そしてテナから養子縁組の斡旋団体を訪ねるように勧められると、足は自然にそちらへ向く。

フレディの実の両親は今は別々に暮らしている。まず斡旋団体を通じて、彼女は父親にコンタクトを取る。父親はすぐに会いたいという。だが、彼女はあまり気が進まない。どうやらフレディは、親に捨てられたという心の傷を抱えているらしかった。

それでも彼女はテナとともに父親に会いに行く。父親はひたすら「すまなかった」と彼女に謝罪する。そして「一緒に暮らそう。ここがお前の家だ」と提案する。だが、彼女はそれを素直に受け入れることができない。父親の家族ともども、どこかにうっとうしさを感じてしまう。

そんなフレディの心理が巧みに描かれる。最初は「泊っていきなさい」という父の言葉に対して、ぴしゃりと「帰る」という。ところが、一度は帰りの車に乗るものの、次の場面ではまた父の家に戻るのだ。彼女の心情は何とも複雑なのである。

フランスと韓国の狭間で揺れ動くフレディ。養子に出される前の名前はユニ。自分のアイデンティティはどこにあるのか。自分は何者なのか。その不安定な胸の内を表現した長回しのダンスシーンが印象に残る。

父親はその後も彼女にまとわりつく。それが彼の贖罪とでも思っているのだろうか。だが、フレディは父を拒絶する。その一方で、母とは連絡が取れない。

それからドラマは突然2年後に飛ぶ。フレディはまだ韓国にいる。そしてますます惑いの中から脱け出せない。すでに韓国語をマスターしていたが、享楽的な生活を送り夜の街になじむ。彼女の空虚な日々を象徴するかのように、激しいリズムのクラブミュージックの中、踊り続けるフレディの姿が痛々しい。先ほどのダンスシーンとともに、印象深いシーンである。

そして、ドラマは5年後に飛ぶ。そこでのフレディはすっかり変身している。父との関係も良好だ。長い間連絡の取れなかった母とも、ついに再会の機会が訪れる。だが……。

ラストはフレディがピアノを奏でる。その胸中にあるものは何なのか。彼女のアイデンティティ探しの旅はどこにたどり着いたのか。余韻に満ちたエンディングだった。

韓国から外国に養子に出された子供を巡るドラマは、これまでにも何作も作られている。本作がそれらと大きく異なるのは、被写体との距離感だろう。監督のダヴィ・シューはカンボジア系フランス人。友人の経験に着想を得て脚本を執筆したという。もしも当事者だったらもっとフレディにベッタリ張り付いた映画になったのではないか。とはいえ、彼も移民だからフレディの心情は十分に理解できる。それが被写体との絶妙な距離感となって現われたのだと思う。

ソウルの夜の街などの映像のタッチ、音楽の使い方(韓国のクラブミュージックや歌謡曲)も独特で、無国籍な感じがする。それも彼の出自によるところが大きいのかもしれない。

そして何より特筆されるのが主演のパク・ジミンだ。フレディの心理は複雑だ。簡単に表現できるものではない。様々な相反する感情が自分の中に同居する。それはフレディ本人にも理解し難いところがあるのではないか。そうしたフレディの心理を全身で見事に表現する。聞けば、彼女はもともとは韓国系フランス人アーティストでこれが初めての演技経験だという。とてもそれが信じられない素晴らしい演技だった。

ちなみに、彼女は養子ではないが、幼少時に家族とともに韓国からフランスに渡ったという。その立ち位置も、今回の演技に役立ったのかもしれない。

父親を演じたパク・チャヌク映画の常連のオ・グァンロク、テナを演じた翻訳家で小説家のグカ・ハン、叔母役のキム・ソニョンなどの脇役の個性的な演技も見ものだ。

粗削りな部分もあるが、鮮烈さでは今年観た映画の中でもピカイチだ。間違いなく観る価値のある映画。パク・ジミンの演技だけでも必見!

◆「ソウルに帰る」(RETOUR A SEOUL/RETURN TO SEOUL)
(2022年 ドイツ・フランス・ベルギー・カタール)(上映時間1時間59分)
監督・脚本:ダヴィ・シュー
出演:パク・ジミン、グカ・ハン、オ・グァンロク、キム・ソニョン、ルイ=ド・ドゥ・ランクザン
Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下
ホームページ https://enidfilms.jp/returntoseoul


www.youtube.com

にほんブログ村に参加しています。よろしかったらクリックを。

にほんブログ村 映画ブログへ にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

はてなブログのランキングに参加しています。よろしかったらクリックを。