映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「DOGMAN ドッグマン」

「DOGMAN ドッグマン」
2024年3月9日(土)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午後2時30分より鑑賞(スクリーン1/C-5)

~帰ってきたリュック・ベッソン。孤独な男が犬たちとともに悪に染まる

今日は3月11日。東日本大震災が起きた日だ。
あの日、私は家にいてものすごい揺れで外に飛び出した。そこには小学生ぐらいの女の子が、固まって動けずにいた。そこで私は「大丈夫だよ。きっと収まるから」と言ってあげたら、女の子はハッとしたように走り去っていった。知人にそれを話したら、「変質者だと思われたんだよ」と身も蓋もないことを言われたのだが、それに気づかせてやっただけでも立派なもんだろう。

それから13年。数年前には取材で南三陸町に行き、被災した皆さんからあの時の惨状を聞いたが、それでも東京にいれば震災のことを忘れがちになる。政府も原発推進などという愚かな方針を打ち出し、まるで何もなかったかのように振る舞う。今こそもう一度、あの震災のことを真剣に考える必要があると思う。

というわけで、本日の映画レビュー。

リュック・ベッソンはもはや終わった監督だと思っていた。かつては「グラン・ブルー」「ニキータ」「レオン」などの素晴らしい映画を撮っていたが、映画製作会社「ヨーロッパ・コープ」を立ち上げてからは製作に回ることが多くなり、たまに監督してもはっきり言ってどうでもいい作品が多かった。だから、新作「DOGMAN ドッグマン」も観る気がしなかった。しかし、意外に評価が高いと聞いて観に行ってみた。

ある夜、1台のトラックが警察に止められる。運転席には負傷した女装の男性がおり、荷台に十数匹の犬が積まれていた。「ドッグマン」と呼ばれるその男ダグラス(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)は、警察署に連行される。まもなく精神科医のエヴリン(ジョージョー・T・ギッブス)がやってきて、ドッグマンと対話を始める。そこから、彼の数奇な半生が語られる。

ダグラスの父は、暴力的で極めて危険な人物だった。闘犬用に飼っていた犬を息子がかわいがるのが気に入らず、ある時、ブチ切れて息子を犬小屋に監禁してしまう。兄は父に追従するばかりで、母は何もできないまま家を去ってしまう。

やがて、監禁されていたダグラスは、犬をかばうあまり父と激しく対立し、父に撃たれて銃弾で指を失い、さらに跳ね返った弾で脊髄も損傷し車いす生活になってしまう。

こうして障がいまで負ったダグラスは、その後施設に入る。孤独で誰ともなじめずにいたが、ある女性に恋をしたことから変わり始める。だが、やがてその恋はあっさり終わる。失意の彼は、ますます犬への愛情を強くするが、彼が係員を務めていた犬のシェルターが閉鎖されることになる。

ダグラスは、愛する犬たちとともに何とか生き延びようとする。生活費を稼ぐために、必死で職探しをするものの、障がいを抱えた彼はまったく相手にされない。そんな彼に手を差し伸べたのは、ドラッグクイーンたちだ。華やかなステージで彼は、女装してエディット・ピアフの歌を思い入れたっぷりに歌う。

とはいえ、それで食っていけるほどの稼ぎはない。ダグラスは生きていくために犬たちとともに犯罪に手を染めるようになる……。

久々にリュック・ベッソンらしさが発揮された快作だ。このドラマのネタ元は、「ある家族が少年を犬小屋に監禁した」という実話だという。たったそれだけの話から、少年のその後の物語を奇想天外に組み立ててしまうのだから、その大胆さ、自由奔放さには恐れ入る。

言うまでもなく、主人公のドッグマンは不幸を背負った弱者でありアウトローだ。その孤独なアウトローが、愛を求めてもがき苦しむさまを独特の距離感で描く。

ダグラスは底知れぬ不気味さをたたえ、どこか世間を小ばかにしたような態度をとる。だが、その半生には児童虐待障がい者差別、貧富の格差などの社会問題が横たわっている。そうした問題にさらされ、どうしようもないところにまで追い詰められたのだ。だから、単純に彼を断罪する気にはなれない。いや、むしろその生きざまに共感さえ覚えてしまう。

ダグラスの風貌は、あの「ジョーカー」を想起させる。彼は不幸を背負って誕生したダークヒーローだった。それと同じように、ダグラスもダークヒーローとしての魅力を十分に備えている。彼の背中には哀愁が漂う。

ただし、ダグラスは怪物ではない。心根の優しさも見せる。知り合いのクリーニング店が、「死刑執行人」と呼ばれるギャングに「みかじめ料」をむしり取られていると知るや、彼は犬たちを使いギャングを懲らしめる。そのことが終盤の壮絶なバトルにも通じるのだが。

それにしても見せ場たっぷりの映画だ。ダグラスが犬たちとともに(というか犬たちを操り)犯罪に走る様は、いかにもフレンチノワール風に、そしてスマートに描く。

一方で、ダグラスがドラッグクイーンに変身して女装して歌うシーンは、華やかかつ情感たっぷりに描き出す。

かと思えば、バイオレンスシーンの壮絶なことよ。この映画ではドックマンが車いす生活なので、縦横無尽に敵をなぎ倒すというところまではいかないが(それでも銃をぶっ放す)、その代わりに犬たちが華麗なアクションを披露する。

現実には、いくら犬に愛情を注いだところで、あんなに飼いならすことは困難だし、人間の言葉を完全に理解するなどというのは絵空事でしかない。だが、この映画にそんなことは関係なし。とにかく面白いのだから、それでいいのだ!

ラストシーンも興味深い。ピアフの「水に流して」が流れる中、何やら宗教的というか、神秘的というか、そんなシーンが展開される。ダグラスと犬たちによるラストショットは、まるで宗教画のようだ。こうして最後の最後まで見せ場を用意する。

主人公の「ドッグマン」ことダグラスを演じたケイレブ・ランドリー・ジョーンズの好演(怪演?)が光る。珍しい名前に比して、これまでの演技にそれほど印象はなかったのだが、今回はすさまじい存在感を放つ。女装姿も堂に入っている。本作は彼の代表作になるのではないか。しかし、あの歌声はいくらなんでも吹替でしょう?

お犬様たちの集団演技にも大拍手! CGなども駆使しているのだろうが、それにしてもあそこまでの演技をするとはスゴイ。犬種は様々だが、個人的には大好きな柴犬も入れて欲しかったところ。いや、それは場違いか(笑)。

終わったはずのリュック・ベッソンだったのに、こんなに面白い映画を撮るとは。何だか宝くじに当たったような気分だ。「リュック・ベッソン復活!」と言うのは早計だろうか。次作も期待していいのかしら?

◆「DOGMAN ドッグマン」(DOGMAN)
(2023年 フランス)(上映時間1時間54分)
監督・脚本:リュック・ベッソン
出演:ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ジョージョー・T・ギッブス、クリストファー・デナム、クレーメンス・シック、ジョン・チャールズ・アギュラー、グレース・パルマ、イリス・ブリー、マリサ・ベレンソン、リンカーン・パウエル
丸の内ピカデリーほかにて全国公開中
ホームページ https://klockworx-v.com/dogman/


www.youtube.com

にほんブログ村に参加しています。よろしかったらクリックを。

にほんブログ村 映画ブログへ にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村

はてなブログの映画グループに参加しています。こちらもよろしかったらクリックを。