映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「希望のかなた」

希望のかなた
ユーロスペースにて。2017年12月5日(火)午後1時20分より鑑賞(シアター2/D-8)。

フィンランドの名匠アキ・カウリスマキ監督の作品は個性的だ。寒色系の映像、無表情で無口な人物など他にはない特徴がある。だから、一度観れば、それがカウリスマキ作品だとすぐにわかってしまう。

そんなカウリスマキ監督の新作が「希望のかなた」(TOIVON TUOLLA PUOLEN)(2017年 フィンランド)だ。ヨーロッパにおける難民問題がテーマとなっている。

最初に登場するのは、船の積み荷の石炭の中から、いきなり男の顔が出てくるシーンだ。この男はシリア人青年のカーリド(シェルワン・ハジ)。シリア内戦でミサイルによって自宅を破壊され、家族を失い、わずかに生き残った妹と国外へ脱出。しかし、その妹とはぐれて混乱の中、フィンランドの首都ヘルシンキに流れ着いた。

彼の唯一の望みは、その妹を見つけ出すこと。カーリドは上陸後すぐに警察に行き、難民申請をする。その後、彼は収容施設に入所させられ、入国管理の係官による面接を受けることになる。

ところが、難民申請は無情にも却下されてしまう。現地は戦闘状態ではないというのが、当局の言い分だ。しかし、その直後に映るのはそれを否定する映像。まさにその現地がいまだに激しい戦闘下にあるというテレビのニュースが流れるのだ。このシーンを見ただけで、現在のヨーロッパが難民に対していかに冷淡なのかが明確に伝わってくる。

劇中ではカーリドを執拗に狙うネオナチなども登場する。ここでもまた、現在のヨーロッパの闇を見せつけられる。

そんなカーリドと並行して描かれるのが、もう一人の男ヴィクストロム(サカリ・クオスマネン)だ。彼は妻と別れて家を出る。明確な説明がないのでわかりにくいのだが(カウリスマキ監督の映画ではいつものことだが)、どうやら彼は酒浸りの妻に愛想を尽かしたようだ。

ヴィクストロムは、衣類のセールスを仕事にしているようだが、それをやめてレストランを購入し、そこのオーナーに収まる。

カーリドとヴィクストロムの接点は、意外な形で訪れる。難民申請が却下されてシリアへの強制送還が決まったカーリドだが、早朝に収容者施設を抜け出して逃走する。そして、行き場のないままレストランのゴミ捨て場にいたところ、ヴィクストロムと出会ったのである。ヴィクストロムはカーリドをレストランで雇うことにする。

今回もカウリスマキ監督独特の世界は健在だ。やけに寒色系が目立つ映像、無表情で無口で何を考えているかわからない登場人物、音楽の使い方(今回もロックから歌謡曲風の曲、アラブ音楽まで効果的に使用)など相変わらずユニークである。

飛躍した描写や都合のよすぎる展開も特徴だ。今回もそんな場面が目立つ。ヴィクストロムがポーカー賭博で大勝ちしてレストランの購入資金を稼いだり、カーリドの偽造身分証が必要になると偶然にも身近にその道のプロがいたり……。

だが、そんなことに目くじらを立ててはいけない。リアルさの欠如を凌駕する圧倒的なメッセージが、この映画には込められているのだ。それは「困っている人に手を差し伸べる」というもの。当たり前ではあるが、なかなか実行できないことだろう。

カウリスマキ監督は、難民にとって厳しいヨーロッパの現状を示すだけでなく、人々の善意も示してくれる。ヴィクストロムやレストランの従業員たちは、その無表情さゆえ、善人なのか、悪人なのかよくわからない。そうした人々が、カーリドに手を差し伸べ、自然体で彼を守ろうとするのだ。それこそがまさに人間の善意である。ネオナチからカーリドを守る障害者たちも同様だ。

どんなに絶望的な状況下でも、人々の善意を信じるカウリスマキ監督の強い信念が、そこに込められているのではないだろうか。

カウリスマキ映画といえば、そこはかとないユーモアも特徴だ。今回はテーマがシリアスなだけに、前半はそれほどでもないが、ドラマが進むにつれて次第に笑える場面が増えてくる。

特に笑えるのが、売上低下に悩むヴィクストロムのレストランが、いきなり変な寿司屋に変身するところだ。にわか仕立ての和風ユニフォームを着た従業員の微妙な言動は爆笑モノ。おまけに、そこに観光客が大挙して押し寄せるのだから。いやはや何とも人を食った場面ではないか。

ラストはヴィクストロムに明るい兆しが見える。一方、カーリドには波乱が起きる。それでも、善意の力で時代の闇を乗り越えようというカウリスマキ監督のストレートなメッセージが響いてきて、温かく優しい気持ちになれたのである。

本作は、2017年のベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞した。カウリスマキ監督は前作「ル・アーヴルの靴みがき」でも難民問題をテーマに取り上げている。それだけヨーロッパにおける難民問題は深刻な状況なのだろう。

●今日の映画代、1200円。ユーロスペースは火曜日が割引(前からだっけ?)。おまけにしばらく行かないうちに、オンライン予約可能になっていてビックリ。

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◆「希望のかなた」(TOIVON TUOLLA PUOLEN)
(2017年 フィンランド)(上映時間1時間38分)
監督・脚本・製作:アキ・カウリスマキ
出演:シェルワン・ハジ、サカリ・クオスマネン、イルッカ・コイブラ、ヤンネ・フーティアイネン、ヌップ・コイヴ、カイヤ・パカリネン、ニロズ・ハジ、シーモン・フセイン・アル=バズーン、カティ・オウティネン、マリヤ・ヤンヴェンヘルミ
ユーロスペースほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://kibou-film.com/

「パーティで女の子に話しかけるには」

パーティで女の子に話しかけるには
ヒューマントラストシネマ渋谷にて。2017年12月3日(日)午後1時55分より鑑賞(シアター1/D-12)。

オフ・ブロードウェイでロングランヒットとなったロック・ミュージカルを映画化した2001年製作のアメリカ映画「ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」は、素晴らしい映画だった。あまりの素晴らしさに即サントラ盤を購入したほどだ。性転換手術を受けてロックシンガーとなった主人公の半生を描いたドラマで、監督・脚本・主演を務めたのは舞台版と同じジョン・キャメロン・ミッチェルである。

そのジョン・キャメロン・ミッチェルが監督・脚本を担当した新作映画「パーティで女の子に話しかけるには」が公開になった。ニール・ゲイマンの短編小説の映画化だ。地球人の男の子と異星人の女の子の淡いロマンスで、それ自体は珍しい話ではないものの、それを「パンクロック」と結びつけているのがユニークである。

舞台は1977年のロンドン郊外。パンクロックが大好きな高校生のエン(アレックス・シャープ)は、ある日、ライブの帰りに仲間とともに打ち上げパーティに参加しようと思ったものの道に迷い、不思議な音楽が聞こえる家に入っていく。そこで繰り広げられているのは、奇妙な服を着た人々による謎のパーティ。実は、それは地球にやってきた異星人たちによるパーティだったのである。

冒頭からしばらくはパンクロックが全開で流れる。それに乗ってエンや仲間たちの姿が、荒々しい映像で描かれる。続いて、異星人たちのパーティシーンでは、美しくアートな映像で彼らの不思議な言動を描く。異星人の衣装やダンス、歌なども凝っている。この落差で一気にスクリーンに引き込まれてしまった。

しかし、エンたちは彼らが異星人だなどとは夢にも思わない。彼らをアメリカ人だと思い込む。そして、エンはそこで美少女のザン(エル・ファニング)と出会う。

というわけで、エンとザンの初々しいロマンスが瑞々しく描かれていく。そこで効いてくるのが、ザンが規則だらけの生活に反抗して、街に飛び出すという設定だ。異星人の指導者たちは、「個性を尊重する」とうたいながらも、みんなの自由を束縛する。ザンはそれに反抗して、エンが語るパンクに興味を持ち、パーティを抜け出してエンと一緒に街へ繰り出すのである。

これぞまさにパンク精神に沿った行動だ。この映画は、パンクを単なるファッションとして扱うのではなく、反逆の音楽という核心をきちんと突いている。さすがにロック音楽を知り尽くしたミッチェル監督だけある。

そのハイライトは、ザンがパンクロックのゴッドマザーともいうべき女ボス(ニコール・キッドマン)によって、無理やりステージに上げられて、そこでエンとともに思いっきりシャウトするシーンだ。このシーンだけで、2人の様々な思いが伝わってくるのである。

この映画には、笑いの要素もあちこちにある。地球人と異星人との間の噛みあわない会話などが、そこはかとないおかしさを醸し出していく。異星人が地球人に行う奇妙な性的行為なども、シュールで笑える。

急速に親しくなるエンとザンだが、ザンが地球にいられる時間は残り48時間しかない。それもまた2人の恋に切なさを漂わせる、

パンク精神が炸裂する場面は後半もある。実は異星人たちには、ある習慣が存在する。指導者によれば、それは環境破壊などの現状を踏まえて企図されたもののようだ。そのあたりの異星人の事情には、地球の現状も投影されているのかもしれない。

しかし、その行為は彼らをカルト宗教と勘違いしたパンクロッカーたちに非難され、過激な攻撃を受けてしまう。これもまたパンクロッカーたちのパンク精神ゆえの行動だろう。さらに、その問題をめぐって異星人内部の対立も起きてしまうのだ。

そして、ザンの身にも大きな変化が起きて、彼女は決断を迫られる。ザンは地球に残るのか。それとも宇宙へ飛び立つのか。2人の思いが交錯するラスト近くのシーンは、切なさが最高潮に達するのである。

そして最後に登場するのは、15年後を描いた後日談。さりげないサプライズに、心がホッコリさせられる。なかなかあと味の良いエンディングだった。

さすがにパンクロックが重要なアイテムとして使われるだけに、全編に流れる音楽も素晴らしい。77年当時の楽曲に加え、この映画のために結成されたバンドによるオリジナルナンバーが耳に残る。

エンを演じたアレックス・シャープは、トニー賞主演男優賞を最年少で受賞したそうだが、その初々しい演技が際立つ。そしてザンを演じたのはご存知エル・ファニング。彼女の透明感のある演技があればこそ、この風変わりな恋愛ドラマが風変わりなだけで終わらなかったのだと思う。あんな子が異星人なら、異星人に恋するのも悪くはない。

パンクロックに彩られた、キラキラして、切ないラブストーリー。単なるSF青春ラブストーリーの枠を超えて、普遍的な恋愛ドラマとして胸に響いてきたのである。

●今日の映画代、1300円。TCGメンバーズカードの会員料金にて。

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◆「パーティで女の子に話しかけるには」(HOW TO TALK TO GIRLS AT PARTIES)
(2017年 イギリス・アメリカ)(上映時間1時間43分)
監督:ジョン・キャメロン・ミッチェル
出演:エル・ファニング、アレックス・シャープ、ルース・ウィルソン、マット・ルーカス、ニコール・キッドマンジョアンナ・スキャンラン、スティーヴン・キャンベル・ムーア、ララ・ピーク、トム・ブルック、ジョーイ・アンサー、アリス・サンダーズ、イーサン・ローレンス、A・J・ルイス、ジャメイン・ハンター
新宿ピカデリーヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開中。全国順次公開予定
ホームページ http://gaga.ne.jp/girlsatparties/

「探偵はBARにいる3」

「探偵はBARにいる3」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2017年12月2日(土)午後1時55分より鑑賞(スクリーン9/F-12)。

かつて日本テレビ系で放映されていた松田優作主演のテレビドラマ「探偵物語」が大好きだった。基本はハードボイルドながら、コミカルな要素もあり、遊び心満点のドラマだった。テレビドラマではあるものの、映画畑の人々が活躍していたのも印象に残っている。

東直己の小説「ススキノ探偵シリーズ」を大泉洋松田龍平(奇しくも松田優作の息子)の主演で映画化した人気シリーズ「探偵はBARにいる」に、そんな「探偵物語」と同じ香りを感じてしまうのはオレだけだろうか。こちらもハードボイルドを基本にしつつ、笑い、スリル、感動をほど良くブレンドしているのが魅力だ。

前作「探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点」から4年ぶりのシリーズ第3弾「探偵はBARにいる3」の登場である。今回は監督が前2作の橋本一から、「疾風ロンド」の吉田照幸(かつてのNHKの人気バラエティ「サラリーマンNEO」の演出家でもある)に変わったものの、その面白さは不変だ。

今回も主人公は、北海道・札幌の繁華街ススキノのバーを根城にする探偵(大泉洋)。そして、その相棒兼運転手で北大農学部助手の高田(松田龍平)。探偵は凄腕だが、同時に間抜けなところもあり、女にめっぽう弱いのが欠点。車の運転もできない。一方、高田はいつも無表情で冷静だが、ケンカが強くていざという時に頼りになる。

そんな2人が、思わぬことから事件に巻き込まれるのが定番のパターンだ。今回は高田が、後輩の大学生の「行方不明の彼女を捜してほしい」という依頼を受けたことからすべてが始まる。軽い気持ちで、その女子大生・麗子(前田敦子)について調査を始める探偵。

映画の冒頭では、麗子の失踪に関係があるらしい殺人事件が描かれる。いかにもハードボイルドらしい、緊迫した場面である。そして、その直後に登場するのは探偵が、ある事件の真相をピタリと言い当てるシーン。いや、冒頭の殺人事件ではない。「キャバクラでお姉ちゃんのオッパイをもんだのは誰か?」という事件なのだ。思わず拍子抜けするこのユルさも本作の楽しさの源泉だ。スリルと笑いが交互に繰り出される。

まもなく探偵は、麗子がバイトしていたらしいあやしげなモデル事務所にたどり着く。そこの美人オーナー・マリ(北川景子)と出会い、妙な既視感を覚える探偵。マリの背後には、裏社会で暗躍する北城グループ社長・北城仁也(リリー・フランキー)がいた。マリに翻弄されるうちに、探偵は大きな事件に巻き込まれていく。

問題の女子大生・麗子の行方は意外に早くわかってしまう。だが、そこからが大変だ。探偵と高田、マリ、北城が入り乱れて事態は混沌としていく。冒頭とは違うもう一つの殺人事件も起きる。そしてマリは、探偵にある依頼をする。

その過程では、白熱のバトルアクションも何度か飛び出す。最初は、マリに接近した探偵がヤクザにボコボコにされる。その中には、高田すらも歯が立たない使い手もいる。しかし、高田は無傷。なぜかと問う探偵に「キャラじゃねえ?」と高田。相変わらず笑わせてくれるではないか。

笑いの要素には事欠かない。探偵がよく通うエロいウエイトレス(安藤玉恵)がいる喫茶店、なだめすかさないとエンジンがかからない愛車、怖いけれどいざという時には助けてくれるヤクザ(松重豊)、ギブ・アンド・テイクといいつつ探偵にいいように利用される新聞記者(田口トモロワ)など、過去の設定や人物は今回も健在。おかげで無条件に笑わせられるのだ。

このシリーズでは、舞台となる北海道の土地柄もクローズアップされる。今回は北海道日本ハムファイターズに関する話題が飛び出し、クライマックスには何と栗山英樹監督と本物の札幌市長まで登場する。その場所で行われる巨額の麻薬取引と、それに続く大波乱。そして高田が大活躍するバトルアクションへとなだれ込む。ここはスリリングで大いに盛り上がる。

同時に終盤は少しずつ哀調を帯び始める。北城や探偵を手玉に取るマリだが、実は彼女には大きな秘密があったのだ。彼女が金にこだわる理由が最後に明らかにされ、それがそこはかとない感動と哀切につながるのである。

探偵と高田の凸凹コンビぶりには、ますます拍車がかかっている。エンドロール後に披露される高田の留学をめぐる一件にも、それが端的に象徴されている。最後の最後まで笑わせてくれるので、ぜひ最後まで席を立たないで欲しい。

大泉洋松田龍平らおなじみの俳優はもちろんだが、今回は北川景子リリー・フランキーの功績も大きいと思う。リリーの狂気はいつも通りの凄さで、ロシアン・ルーレットがよく似合う。北川が見せる様々な表情も魅力的である。

最初にも述べたが、ハードボイルドを基本にしつつも、笑い、スリル、感動をほど良くブレンドした、安心して楽しめる大人のエンタメ映画である。今どきこういうタイプの映画は珍しい。この先のさらなる続編にもぜひ期待したいところだ。できれば、次回はもう少し驚きが欲しいところではあるが。

●今日の映画代、0円。ユナイテッド・シネマの貯まったポイントにて。

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◆「探偵はBARにいる3」
(2017年 日本)(上映時間2時間2分)
監督:吉田照幸
出演:大泉洋松田龍平北川景子前田敦子鈴木砂羽リリー・フランキー田口トモロヲ、志尊淳、マギー、安藤玉恵正名僕蔵篠井英介松重豊野間口徹天山広吉片桐竜次
*丸の内TOEIほかにて全国公開中
ホームページ http://www.tantei-bar.com/

「光」

「光」
新宿武蔵野館にて。2017年11月29日(水)午後2時25分より鑑賞(スクリーン1/B-9)。

よほどの聖人君子でもない限り、誰でも心の奥底にどす黒い闇が隠れているものだ。さすがに、それが犯罪のようなことを引き起こすケースは稀だが、何らかの形で発露することはよくある。他人に対する悪口だったり、嫌がらせだったり……。

もちろんオレも同様だ。そのせいか、心の奥の闇を描いた映画には、「観たくない」という思いを持ちつつも、つい観てしまうのである。最近では、深田晃司監督の「淵に立つ」などは、まさにそうした映画だった。

大森立嗣監督が三浦しをんの小説を映画化し「光」も、人間の心の奥にあるどす黒い闇を描いた映画である。三浦しをん原作の大森作品といえば、「まほろ駅前」シリーズが思い浮かぶが、ストーリーも演出もまったく違う。

物語は、原生林に覆われた東京の離島・美浜島から始まる。そこで暮らす中学生の信之は、同級生の美花と付き合っている。そんな信之を慕っているのは、父親から激しい虐待を受けていた小学生の輔だ。彼は、いつも信之にまとわりついている。

そんなある晩、信之は神社の境内で美花が男とセックスしているのを見てしまう。「犯されているに違いない」と思った信之に、美花は言う。「殺して」と。その言葉に促されるように、信之はその男を殺してしまう。それを目撃していた輔は、死体をカメラに収める。それからまもなく、島は地震による津波に襲われ、すべてが消え去ってしまう。

25年後、信之(井浦新)は東京で妻の南海子(橋本マナミ)と幼い娘と暮らしている。そんな彼に輔(瑛太)が接近する。南海子と親しくなり、肉体関係を持つようになった輔は、今度は25年前の事件をネタに信之を脅し始める。さらに、輔は過去を捨てて女優になっていた美花(長谷川京子)も脅すのだった。

暴力、狂気、復讐、支配、性……。まさしく人間の奥底にあるどす黒い闇に迫っていく映画である。幼い頃に、美花に促されるようにして殺人を犯した信之だが、その後はそれを封印して何事もなく暮らしている。その前に、彼の過去を知る輔が現れて、様々な人物の狂気が露わになってくる。

輔は一見、金目当てで脅しに走っているかのように見える。だが、彼は父親に虐待されたこともあり、自身の過去や現在を嫌っている。そのために狂気を持って南海子に接近し、信之を脅し始めるのだ。金目当てというよりは、むしろ倦みきった自身の過去と現状への苛立ちと否定が、彼を突き動かしているに違いないのである。

こうして一度は、幼い頃と逆転した立場に立って信之を支配しかける輔だが、思い通りにはいかない。信之もまた、それまで封印していた狂気と暴力をちらつかせながら、輔を再び支配し始める。

おりしも、輔の前には幼少時に彼を苦しめた父・洋一(平田満)が10年ぶりに現れ、彼を翻弄し始める。信之はそれも利用して、輔を狡猾に操るのである。

信之の冷たく静かな狂気が恐ろしい。彼の行動は当初は自身の今の生活を守るためのものだったが、途中から違う動機へとすり替わる。輔に脅かされていた美花と再会した信之は、彼女を守るために狂気と暴力をエスカレートさせるのだ。

その美花もまた、心の奥に闇を抱えている。自分に対する信之の思いを利用して、巧みに彼を操り、すべてを消し去ろうとする。それはかつて島で信之を促して、殺人を犯させたのと同じ構図である。

本作は、信之、輔、美花の心の闇が交錯するサスペンスドラマなのだが、いわゆる普通のサスペンスとは違う。展開や語り口はかなり粗削りだ。それは低予算ゆえのことかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。「まほろ駅前」シリーズ以外にも、「さよなら渓谷」など様々な映画を撮ってきた大森監督だが、今回はそうした過去の作品とは全く違う描き方を意図的に目指したようだ。

時々流れる大音量のテクノミュージック。赤い花、巨大な樹木、信之と娘が訪れる不思議な空間などの鮮烈なイメージショット。そうしたものも含めて、自由かつ大胆に人間の心の奥にあるものをえぐり出そうとする。

快感や楽しさはまったくない。むしろ不快で、常に背中がザワザワするような作風だ。しかし、それがこの映画のテーマと見事に合致している。

ドラマの背景には、中上健次の小説と共通するアニミズム的な香りも漂う。ドラマの起点となる原生林に包まれた島での出来事は、その土地独特の得体の知れないものに突き動かされた子供たちによる所業にも思える。それが、25年後の彼らもずっと支配し続けているのかもしれない。

この映画で特筆すべきなのは、俳優たちの演技である。静かで冷たい表情が秘めた狂気をにじませる井浦新。汗や体臭も伝わってくるような瑛太の演技。両者の関係性には、同性愛にも似た屈折した愛情が見え隠れする。長谷川京子の悪女ぶりもなかなかのもの。平田満、橋本マナミも存在感タップリの演技だった。

終始不快感と緊迫感に包まれながら、人間の黒い内面から目が離せなくなってしまう。そんな映画である。

●今日の映画代、1000円。新宿武蔵野館の水曜サービスデー料金。

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◆「光」
(2017年 日本)(上映時間2時間17分)
監督・脚本:大森立嗣
出演:井浦新瑛太長谷川京子、橋本マナミ、梅沢昌代、金子清文、中沢青六、足立正生原田麻由鈴木晋介高橋諒、笠久美、ペヤンヌマキ、福崎那由他、紅甘、岡田篤哉、早坂ひらら、南果歩平田満
有楽町スバル座新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ http://hi-ka-ri.com/

「gifted/ギフテッド」

「gifted/ギフテッド」
TOHOシネマズ シャンテにて。2017年11月28日(火)午後7時45分より鑑賞(スクリーン1/H-10)。

ときどき天才少年少女の話を聞くと、「はたして彼らが大人になったらどうなるんだろう」と想像してしまう。アメリカなどでは普通の子たちと切り離されて、英才教育が施されることが多いようだが、はたしてそれは当人にとって良いことなのかどうか。才能を伸ばせても、人間として何かが欠落してしまわないのだろうか。

「gifted/ギフテッド」(GIFTED)(2017年 アメリカ)に登場するメアリー(マッケナ・グレイス)という7歳の少女も、数学の天才である。彼女は、フロリダの小さな町で独身の叔父フランク(クリス・エヴァンス)と片目の猫フレッドと暮らしていた。

まもなくメアリーは小学校に入学する。すると、たちまちその才能が明らかになる。学校は英才教育で有名な学校への転校を勧める。だが、フランクはあくまでもメアリーを普通の子として育てることにこだわり、それを断固として拒否する。

映画の冒頭から、フランクがメアリーを心から愛していることが伝わってくる。2人の会話はまるで本物の親子のような温かさに満ちている。メアリーは天才少女ということもあって口が達者で、それがなおさら2人の会話をユーモアとウィットに富んだものにしている。見ているだけで、自然に心が温かくなってくるのである。

フランクがメアリーを普通の子として育てることにこだわるのは、愛情からだけではない。実は、メアリーの母親は天才数学者だったが、メアリーが生まれて間もなく自殺してしまったのだ。弟のフランクは、それを止められなかった悔恨の思いを抱え、「姉の願いはメアリーを普通の子として育てることだった」として、英才教育を拒否しているのだ。

そんなある日、メアリーの祖母(つまりフランクの母)イブリン(リンゼイ・ダンカン)が現われて、孫に英才教育を施したいと申し出る。だが、フランクはこれも拒否する。そこでイブリンは、フランクを相手に裁判を起こしてメアリーの親権を主張する。そのため、映画の中盤からは実の母と息子が裁判で対決する法廷劇も描かれる。そこでの弁護士も含めた両者のやり取りもなかなか面白い。

イブリンの行動の源泉にも、メアリーの母(つまり、イブリンの娘)の存在がある。彼女は、娘の自殺は数学者として挫折したことにあると考え、孫にはそうならないように徹底して英才教育を施そうとしているのだ。

つまり、フランクもイブリンも、どちらもメアリーの母親の存在が大きな影を落とし、それによって真反対の行動をとっているわけだ。この対立構造が物語を進める原動力となる。それによって幼いメアリーが翻弄されてしまう。見ている観客はどんどん切ない思いに駆られてしまうのである。

それにしても、メアリーを演じるマッケナ・グレイスの可愛さがハンパではない。いや、ただ可愛いだけでなく演技が達者だ。全身を使って子供らしい感情や怒り、悲しみなどを表現する。その健気さが観客の胸をわしづかみにする。新たな天才子役の誕生かもしれない。

一方、そんな彼女の感情をしっかりと受け止めるクリス・エヴァンスの演技も素晴らしい。フランクはけっして完全無欠な人間ではない。間違いも犯すし、悩み苦しみもする。自身の決断に自信を持ちつつも、その裏側で「本当にそれでいいのか?」という疑問をチラリと見せるあたりの演技が絶品だ。

2人が心を通わせるシーンはどれも素晴らしいのだが、特に病院でのシーンが印象深い。あることで深く傷ついたメアリーに対して、フランクは思わぬ行動をとる。彼女が祝福されて生まれてきたことを身を持って体験させる予想外のこのシーンには、無条件に胸を熱くさせられた。

この映画の後半には二度に渡って感涙必至の場面がある。「何があっても一緒だ」とメアリーに約束していたフランク。ところが……。両親の離婚に翻弄される子供を描いた映画などではよくあるシーンだが、やはりマッケナ・グレイスとクリス・エヴァンスのツボを突いた演技が、涙腺を強烈に刺激する。

そして、二度目の感涙シーンは意外な仕掛けによって訪れる。それまでドラマのスパイス役として登場していた片目の猫フレッドが大きな役割を果たす。おまけに、それまで全く秘されていたメアリーの母親の驚くべき真実が明かされ、それを背景にしたメアリーとフランクの姿が、再び涙腺を刺激する。

ラストは、その後のメアリーとフランクを描く。天才と普通の子の狭間で苦闘していたメアリーに、一つの理想的な形を与えて、誰もが納得できる温かな余韻を残してくれるのである。

観客を感動させることを義務付けられたような素材を、きっちりとまとめて理想的な方向へと導いたのは、「(500)日のサマー」「アメイジングスパイダーマン」のマーク・ウェブ監督。瑞々しい恋愛映画だった「(500)日のサマー」を思い起こさせるような、生き生きとした描写が実に見事である。

メアリーの祖母役のリンゼイ・ダンカン、担任教師役のジェニー・スレイト、メアリーとフランクを温かく見守る隣人役のオクタヴィア・スペンサーなども存在感のある演技だった。

正真正銘のヒューマンドラマ! 泣きたい人、心を温かくしたい人には絶対におススメの映画である。

ところで、オレも幼稚園の頃に相当にIQが高くて、親は先生から「この子は天才かもしれません」と言われたらしい。だが、何のことはない。その後はただの凡人街道まっしぐらである。まあ、たいていはそんなものだろう。

●今日の映画代、1500円。事前にムビチケ購入済み。

◆「gifted/ギフテッド」(GIFTED)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間41分)
監督:マーク・ウェブ
出演:クリス・エヴァンス、マッケナ・グレイス、リンゼイ・ダンカン、ジェニー・スレイト、オクタヴィア・スペンサー、グレン・プラマー、ジョン・フィン、エリザベス・マーヴェル、ジョナ・シャオ、ジュリー・アン・エメリー、キーア・オドネル、ジョン・M・ジャクソン
*TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開中
ホームページ http://www.foxmovies-jp.com/gifted/

「火花」

「火花」
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2017年11月26日(日)午後2時40分より鑑賞(スクリーン5/H-13)。

ひねくれ者なので、爆発的に売れた本はほとんど読まない。初期の作品はよく読んだ村上春樹の小説も、発売が社会現象になってしまう昨今では、ほとんど手に取っていない。なので、人気お笑い芸人の又吉直樹芥川賞を受賞したベストセラー小説「火花」も未読のままである。

映画「火花」(2017年 日本)は、その小説「火花」を同じくお笑い芸人で映画監督としても評価が高い板尾創路が映画化した作品だ。

主人公は、お笑いコンビ“スパークス”として活動しながらも、まったく芽が出ないお笑い芸人の徳永永(菅田将暉)。ある日、営業先の熱海の花火大会で先輩芸人の神谷(桐谷健太)と出会った彼は、その芸風と人柄にほれ込んで、弟子入りを志願する。それに対して神谷は、「それなら俺の伝記を書いてくれ」という条件を出す。

ここまでの展開を見ただけで、神谷がいかに天才肌で破天荒な人間かがわかる。彼が組んでいるコンビ名は「あほんだら」。その漫才も常識を外れたものだ。いわゆる「巧い漫才師」などでなく、そういう芸人に徳永がほれ込むという構図が、この映画の大きなポイントになる。なぜなら芸人が考える純粋な面白さと、世間が求める笑いのギャップが、この映画の大きなテーマだからである。

こうして師弟関係になった徳永と神谷。徳永は神谷の要求通りに、彼の言動を目の当たりにして伝記を書く。そこに描かれた神谷と徳永自身の2人の10年間に渡るドラマが、この映画の物語の柱になる。

徳永と神谷は、連日のように飲み歩いて、芸についての議論を交わしていく。それによって、徳永はますます神谷に心酔していく。

何より面白いのが2人の会話だ。それはまさしく漫才のボケとツッコミ。何気ない会話も、すぐに笑いの方向に走っていく。ただし、それを通して様々な真実もチラリチラリと見えてくるのである。

さすがに原作者と監督が現役のお芸人ということで、芸人世界の裏舞台もたっぷりと描かれる。それはまさにイバラの道としか言いようがない世界だ。ライブに出るためのネタ見せで、いかにも程度の低そうな審査員からボロクソに言われるシーンなど、その厳しさがひしひしと伝わってくる。

やがて大阪で活動していた神谷は東京に出てきて、風俗嬢の家に居候する。しかし、彼女からもらう金だけでは足りずに、多額の借金をするようになる。やがて同棲相手の彼女とも別れてしまう。

一方、徳永のコンビ「スパークス」は、一時的に多少売れるようになる。しかし、基本的には鳴かず飛ばずのまま。バイト生活をしながら、芸人としての活動を続ける。そんな中、相方との間にも隙間風が吹き始める。

徳永が直面したのが、先ほど述べた芸人が考える純粋な面白さと、世間が求める笑いのギャップだ。なかなか売れない徳永たちを尻目に、キャラ勝負の芸人があっという間にスターになったりする。それは徳永の求める笑いとは違う。はたして徳永は世間に妥協するのか。それとも思いのままに突っ走るのか。その葛藤の延長線上で、神谷とのわずかな意識の違いも表面化してくるのである。

ただし、そんな徳永の苦悩がイマイチ伝わりにくいのが惜しい。そういう心情は、基本的に彼の独白で処理してしまっているのだ。原作を読んでいないので断言はできないが、おそらく原作にある文章を持ってきているのではないだろうか。それだけではどうにも物足りない。できれば独白やセリフ以外で、もっと徳永の抜き差しならない心情をジリジリとあぶりだして欲しかったのだが。

それでも終盤になると、ようやく徳永たちの心情がスクリーンを覆いだす。特に最後のライブで彼が胸の内をぶちまけるシーンは壮絶で迫力満点だ。同時に相方の思いもきちんと伝わってくる。客席の反応もリアルである。

その後の後日談はよくある展開だが、意表を突いた展開を盛り込みつつ、明確なメッセージを発しているところに好感が持てる。それは夢を果たせなかった負け組たちに対する温かな応援歌だ。彼らの負けがけっして無駄ではなかったことを力強くうたい上げて、温かな余韻を残してくれるのである。

徳永を演じた菅田将暉、神谷を演じた桐谷健太は、いずれもお笑い芸人になり切った演技だった。それぞれの相方を務めた加藤諒、三浦誠己、神谷の同棲相手を演じた木村文乃なども存在感がある。

エンディングに流れる主題歌の「浅草キッド」(もともとはビートたけしの曲)が、この映画を象徴している。心理描写に甘さは残るものの、芸人たちの青春に正面から向き合おうとした、つくり手の気持ちはしっかりと感じ取れたのである。

●今日の映画代、1300円。ユナイテッド・シネマの割引クーポンを使用。

◆「火花」
(2017年 日本)(上映時間2時間)
監督:板尾創路
出演:菅田将暉、桐谷健太、木村文乃川谷修士、三浦誠己、加藤諒高橋努日野陽仁山崎樹範
*TOHOシネマズスカラ座ほかにて全国公開中
ホームページ http://hibana-movie.com/

「ローガン・ラッキー」

ローガン・ラッキー
ユナイテッド・シネマとしまえんにて。2017年11月25日(土)午前11時10分より鑑賞(スクリーン1/D-07)。

1989年の監督デビュー作「セックスと嘘とビデオテープ」でいきなりカンヌ映画祭パルムドールを受賞し、その後も数々の見応えある作品を送り出してきたスティーヴン・ソダーバーグ監督。「最近、名前を聞かないなぁ~」と思っていたら、2013年の「サイド・エフェクト」を最後に映画から離れて、テレビの世界に活躍の舞台を移していたとのこと。

そのソダーバーグが、久々に映画監督に復帰した作品が「ローガン・ラッキー」(LOGAN LUCKY)(2017年 アメリカ)である。ソダーバーグ監督といえば「オーシャンズ」シリーズが有名だが、この映画も同じく強盗計画を描いた作品。ただし、そのタッチはかなり違っている。こちらは脱力感と笑いに満ちた映画なのだ。

冒頭の父娘のシーンから早くも脱力感が漂う。父のジミー・ローガン(チャニング・テイタム)が幼い娘に、自分の好きな歌手ジョン・デンバーのエピソードを語る。その後の強盗計画とは何の関係もない話だ。そんなどうでもいいような会話が満載の映画だが、これがなかなか味があって面白いのだ。

そのジミーは、学生時代はアメフトのスター選手だったものの挫折。今は足を悪くして仕事を失い、妻にも逃げられてしまった。娘は再婚した妻のもとで暮らしている。いわば負け犬人生を送っている男なのだ。

しかも、妻は今の夫の仕事の都合で、遠くに引っ越すという。このままでは娘ともなかなか会えなくなってしまう。そんなにっちもさっちもいかない人生に業を煮やしたジミーは、弟でバーテンダーのクライド(アダム・ドライヴァー)を誘って、自動車レース場の金庫を襲撃する強盗計画を練るのである。

ただし、それには金庫を爆破する専門家が必要だということで、刑務所に入っているジョー・バング(ダニエル・クレイグ)という男に協力を依頼する。犯行当日に彼を脱獄させて、強盗終了後に再び刑務所に戻すという作戦だった。結局、その3人にジミーの妹とジョーの2人の弟も加わって、犯行の準備を進めることになる。

この犯行グループの面々の個性が際立っている。ジミーとクライドのローガン兄弟は揃って無口。何を考えているかわからない。そして足の悪いジミーに対して、弟のクライドはイラク戦争で片腕をなくし、不格好な義手をつけている。

無口といえばジョーも無口だ。しかも、こちらは見るからにこわもてで凶暴そう。ところが、実は科学に造詣が深いという意外な素顔も見えてくる。さらに、ローガン兄弟の妹は美容師でありながら相当なカーマニア。一方、ジョーの2人の弟はどこか間抜けな雰囲気を漂わせながら、理屈ばかり並べ立てる。

そんなユニークなキャラを持つ彼らが、あまりにもユルい会話を交わすものだから、思わずクスクス笑ってしまうのだ。セリフの間も絶妙で、なおさら笑えてしまうのである。

彼らが練った強盗計画もユニークだ。金庫襲撃のためにゴキブリを使ったり、ジョーの脱獄のためにクライドがわざわざ犯罪者になったり。緻密なのか、ずさんなのか、よくわからない仕掛けがテンコ盛りだ。

それでもクライマックスは緊迫感に満ちているはず。なにしろ当初は小さなレースの日に犯行を企てたものの、予定が狂って全米最大のモーター・スポーツ・イベントNASCARのレース中に、犯行を実行する羽目になったのだ。盛り上がらないはずがないではないか!

などと期待してはいけない。最大の見せ場になるはずの金庫爆破のシーン。大量のダイナマイトを使ってド派手にぶっ飛ばすかと思いきや、何だ? あのセコい仕掛けは??? しかも、そこでおマヌケなワンクッションまで入れてしまうのだから、もうただひたすら笑うしかないのである。

もちろん、これは確信犯的な仕業に違いない。レベッカ・ブラウンによるオリジナル脚本、ソダーバーグ監督による演出は、本当なら最高潮に盛り上がるところで、わざわざ観客に肩透かしを食わせているのだ。何という遊び心!!

そして犯行は終了。その直後に描かれるのは、ジミーの娘の美少女コンテストを舞台にした父娘の絆のドラマだ。ここでは冒頭のエピソードが伏線となり、ジョン・デンバーの歌が効果的に使われる。そして、ジミーはある決断をする。まったく予想もしない心温まるエンディングである。

と思ったら、何だ、まだ後日談があるのか。サラ・グレイソン(ヒラリー・スワンク)というFBIの女捜査官が登場。彼女が事件の謎に迫るのである。

何やら蛇足にも思えたこの後日談。ところが、そこには驚きのどんでん返しが……。あらららら、そう来ましたか。なるほどね。完全にしてやられたぜ。そして、小憎らしくも気の利いたバーでの全員集合のラストシーンで締めくくるのである。

ローガン兄弟を演じたチャニング・テイタムアダム・ドライヴァーをはじめ、セス・マクファーレンケイティ・ホームズヒラリー・スワンクダニエル・クレイグなど役者たちもいずれもノリノリの演技。それがまたこの映画の楽しさを増幅させている。

緊張感たっぷりの犯罪劇を期待すると確実に裏切られるだろう。緊迫感は皆無。ひたすら脱力感に満ちた強盗映画だ。迫力や大仰さとはかけ離れた脱力系エンタメ映画で監督復帰を果たすのだから、何とも心憎いソダーバーグ監督である。

●今日の映画代、1400円。事前にムビチケ購入済み。

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◆「ローガン・ラッキー」(LOGAN LUCKY)
(2017年 アメリカ)(上映時間1時間59分)
監督:スティーヴン・ソダーバーグ
出演:チャニング・テイタムアダム・ドライヴァー、ライリー・キーオ、セス・マクファーレンケイティ・ホームズキャサリン・ウォーターストンヒラリー・スワンクダニエル・クレイグ
*TOHOシネマズ日劇ほかにて全国公開中
ホームページ http://www.logan-lucky.jp/