映画貧乏日記

映画貧乏からの脱出は可能なのだろうか。おそらく無理であろう。ならばその日々を日記として綴るのみである。

「43年後のアイ・ラヴ・ユー」

「43年後のアイ・ラヴ・ユー」
2021年1月17日(日)シネ・リーブル池袋にて。午後1時30分より鑑賞(スクリーン2/G-5)。

~かつての恋人の記憶を呼び戻そうとする男の純な心

去年の秋頃だったと思うが、松竹からオンライン試写会の募集メールが来た。作品名は伏せられていたが、参加してみたら名優ブルース・ダーン主演の映画だった。なかなか面白いコメディだったが、はたして一般公開されるのか……と思っていたら、このほど無事に公開されたので今度は劇場で鑑賞してみた。「43年後のアイ・ラヴ・ユー」である。

主人公は、LA郊外に一人で暮らす70歳の元演劇評論家のクロード(ブルース・ダーン)。ある日、かつての恋人で人気舞台女優のリリィ(カロリーヌ・シロル)がアルツハイマーで高齢者施設に入所したことを知る。クロードは自分もアルツハイマーのフリをして同じ施設に入所する。だが、再会したリリィはクロードとの思い出を完全に失っていた。なんとかして自分のことを思い出してもらおうとするクロードだったが……。

クロードは元気な老人だ。アルツハイマーなどとは無縁。毒気に満ちた言動で周囲を戸惑わせる。そんなクロードが友人のシェーン(ブライアン・コックス)に無理やり協力させ、高齢者施設へ入所しようとする。そこでの施設の責任者とのちぐはぐなやり取りが、笑いを誘う。下ネタも飛び出すが、適度なところで収めているからお下劣にはならない。

こうして施設への潜入に成功したクロード。そこにはユニークな入所者がいる。スパイが自分を狙っていると思い込む女性や食べ物に塩を大量にかける男など、いずれも強烈な個性の持ち主だ。そうしたアルツハイマーの人々の行状で笑いをとるのだが、終盤にはちゃんと彼らをフォローしているので嫌な感じにはならない。

そして、リリィとの再会。若き日の2人の姿なども織り込みつつ、その頃の切ない恋を描き出す。特にリリィが舞台女優、クロードが演劇評論家ということで、演劇絡みのアイテムが効果的に使われる。43年前にクロードがリリィからもらった手紙には、ハムレットがオフィーリアに宛てたラブレターの一節「星の燃ゆるを疑えども……」が引用されている。

だが、今のリリィはまったくクロードを覚えていない。そこで彼は必死に自分のことを思い出させようとする。リリィの好きなユリの花を部屋いっぱいに飾ったり、ガーシュインのCDを贈ったり。その健気な姿には、素直にクロードを応援したくなる。リリィに対するクロードの思いは純粋そのものなのだ。

本作のサブストーリーには、クロードの娘セルマ(シエンナ・ギドリー)や孫娘タニア(セレナ・ケネディ)のドラマがある。セルマは州の副知事と結婚しているが、夫の女性スキャンダルが発覚。複雑な感情を抱えている。一方、タニアも父のスキャンダルで好奇の視線を受け、家出を決意するに至る。そんな2人が後半のドラマに大きくかかわってくる。

終盤、クロードはある計画を立てる。この施設では様々な催しが行われており、近日中には演劇の公演も予定されていた。そこで、クロードはかつてリリィが演じたシェイクスピアの戯曲「冬物語」を上演することを画策するのだ。それには孫娘のタニアが協力する。

この場面はこの映画で一番の感動のシーンだ。「冬物語」は、夫と愛人の狭間で揺れながらも、最後まで夫を裏切らない妻を描いた作品。実はリリィには夫がいて、クロードとの関係は不倫だったのだ。つまり、この戯曲はリリィ自身の人生とも重なるもの。それゆえ、彼女はそこに感情移入してしまうのである。

かくして、ロマンチックな仕掛けの果てに待っているのは奇跡の瞬間。そこから目が離せない。

そして、ラストはタニアのロマンスなども盛り込みつつ、誰もが望む結末へ。とはいえ、最後をクロードとシェーンのユーモラスなシーンで締めくくるあたりの遊び心が楽しい。

荒唐無稽な話だし、そもそもクロードとリリィの恋は不倫である。にもかかわらず、素直な気持ちで観ることができるのは、何といっても主演のブルース・ダーンの味わいある演技のおかげだろう。緩急自在。カンヌ国際映画祭男優賞を受賞した「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」の無口な頑固親父とは一転、お茶目で真っ直ぐな男を演じている。

リリィ役のカロリーヌ・シロルは、いかにも昔の大女優という感じ。本人も舞台を中心に活躍してきたらしい。

クロードの親友シェーン役のブライアン・コックスもいい味を出している。

アルツハイマーというと悲惨だったり、重たいドラマになりがちだが、そうしたことはあえて描かずに、病気をひとつのきっかけとした再会とロマンスの物語にしているのが本作の特徴だ。おかげで前向きで温かさにあふれた映画になっている。

 

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◆「43年後のアイ・ラヴ・ユー」(REMEMBER ME)
(2019年 スペイン・アメリカ・フランス)(上映時間1時間29分)
監督:マルティン・ロセテ
出演:ブルース・ダーン、カロリーヌ・シロル、シエンナ・ギロリー、ベロニカ・フォルケ、セレナ・ケネディブライアン・コックス
新宿ピカデリーほかにて公開中
ホームページ https://movies.shochiku.co.jp/43love/

 

「ソング・トゥ・ソング」

「ソング・トゥ・ソング」
2020年1月11日(月)新宿シネマカリテにて。午後12時10分より鑑賞(スクリーン2/A-4)。

~マリック監督が手がける究極の映像と音楽の美学

テレンス・マリック監督は、唯一無二の個性を持つ作品を送り出してきた。「名もなき生涯」「ツリー・オブ・ライフ」「天国の日々」「聖杯たちの騎士」など、どんなテーマを描いても圧倒的な映像美に彩られた作品ばかりである。同時に、分かりにくい作品が多いのも特徴だ。好き嫌いははっきりと分かれるだろう。

4人の男女を中心にした恋愛模様を描いた「ソング・トゥ・ソング」も同様だ。撮りようによっては、ありふれた恋愛ドラマになりがちな素材だが、マリック監督が撮ると違う。今回は、「ゼロ・グラビティ」などで3度アカデミー賞を受賞している名カメラマンのエマニュエル・ルベツキが撮影を担当していることもあり、いつも以上にアーティスティックな作品に仕上がっている。

音楽の街、オースティンが舞台だ。売れないソングライターのBV(ライアン・ゴズリング)は、フェイ(ルーニー・マーラ)とつきあっていた。2人は幸せそうだったが、実はフェイは大物プロデューサーのクック(マイケル・ファスベンダー)とも関係を続けていた。

やがてBVは自作の権利関係を巡ってクックとトラブルになる。さらにフェイがクックとつきあっていたことを知ったBVは心穏やかでいられない。一方、恋愛をゲームのように楽しむクックは夢を諦めたウェイトレスのロンダ(ナタリー・ポートマン)を誘惑するが……。

ストーリー自体はベタな恋愛映画だが、そこはマリック監督の作品。分かりやすい作品を期待してはいけない。物語は細分化され、時間や場所の連続性を欠いたショットがコラージュのようにつなげられる。カメラは縦横無尽に動き回り、川の流れなどの自然の風景から男女の絡みのカットまでをとらえる。よくもこんなショットを考え付くものだと感心するばかりである。

細かな説明はない。セリフ以外に様々な人物の独白で進む物語。観客はその言葉の端々から4人の関係を類推するしかない。

全体を包む雰囲気は沈鬱だ。登場人物は孤独を抱え、必死で幸せを追い求めるがうまくいかない。打算の愛と真実の愛が交錯する。

映像は相変わらず美しい。美しすぎてため息が出る。分かりにくさをガマンして、その美しい映像を堪能していると、やがて神々しいまでのラストシーンにたどり着く。ラストはBVとフェイの再出発を描く。ここも圧倒的な映像美が展開される。

音楽業界を取り上げた作品だけに、大物ミュージシュンが多数出演しているのも本作の特徴だ。特にパティ・スミスは主要な人物の1人と言ってもいいだろう。そのほかにも、リッキー・リー、イギー・ポップレッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ジョニー・ライドンなどが登場する。

そしてマイケル・ファスベンダーライアン・ゴズリングルーニー・マーラナタリー・ポートマンという名うての実力派俳優の演技も見もの。特にルーニー・マーラは出色の演技だ。とはいえ、全員がマリック監督の個性に染まっているので、イマイチ存在感は薄いかもしれない。

良くも悪くもマリック色の映画だ。芸術性の高さは一級品だけに、頭であれこれ考えるよりも、アートのような映像世界に身を浸してみる方がいいかもしれない。

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◆「ソング・トゥ・ソング」(SONG TO SONG)
(2017年 アメリカ)(上映時間2時間8分)
監督・脚本:テレンス・マリック
出演:マイケル・ファスベンダーライアン・ゴズリングルーニー・マーラナタリー・ポートマンケイト・ブランシェットホリー・ハンター、ベレニス・マルロー、ヴァル・キルマー、リッキー・リー、イギー・ポップパティ・スミスジョン・ライドン、フローレンス・ウェルチレッド・ホット・チリ・ペッパーズ
新宿武蔵野館ほかにて公開中
ホームページ http://songtosong.jp/

 

「おとなの事情 スマホをのぞいたら」

「おとなの事情 スマホをのぞいたら」
2021年1月10日(日)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午前11時50分より鑑賞(スクリーン6/D-8)。

~日本流のアレンジがほどこされたイタリア映画の日本版

イタリアで大ヒットした映画「おとなの事情」。パーティーに集まった7人の男女が、それぞれのスマホに届いたメールや電話を全員に公開するというゲームを始めたところ、とんでもない秘密が次々に露呈していくというドラマ。その日本リメイク版が「おとなの事情 スマホをのぞいたら」である。

年に1度集まっている3組の夫婦と1人の独身男性。今年はある月食の夜に集まって、旧交を温め合うことになっていた。ところが、ひょんなことから参加者のひとりが、それぞれのスマホに届くメールと電話のすべてを全員に公開する、というゲームを提案する。後ろめたいことは何もないと、この提案を受け入れた一同だったが、実は全員が絶対に知られたくない秘密を抱えていた。スマホに着信があるたびにパーティーは修羅場と化していく……。

基本的な設定はオリジナル版と同じ。ただし、リメイクにもお国柄が現れるようだ。日本版の脚本は岡田惠和が担当。冒頭でそれぞれのキャラクターをコンパクトにまとめて、その後のドラマにつなげている。

お調子者の夫・向井幸治(淵上泰史)とそんな夫に不信を抱く妻の杏(木南晴夏)の新婚夫婦。美容整形医の夫・六甲隆(益岡徹)と精神科医の妻・絵里(鈴木保奈美)のセレブ夫婦。3人の子どもと義母を抱えた園山薫(常盤貴子)と夫の零士(田口浩正)の倦怠期の夫婦。そして塾の講師をしている独身男・小山三平(東山紀之)。

スマホを公開しようという提案をしたのは杏だ。そこには浮気性の夫の幸治に対する疑念がある。それに対して、全員が同意する。ただし、その同意の仕方には濃淡がある。最後まで抵抗していたのは零士だ。それでも結局、全員のスマホがテーブルの上に置かれる。

最初に電話がかかってきたのは三平だ。転職活動をしているという彼に合格の報せが入る。だが、嬉しい知らせはそれだけだった。その後は次々と通知音や着信音が鳴り始め、夫や妻、友人の秘密が暴露されていく。

それは同性愛や不倫などのありふれたネタだ。とはいえ、全員のキャラが明確だからなかなか面白い。秘密が暴露された人々は、言い訳をすればするほど墓穴を掘る。その姿が笑いを誘う。次はどんなネタが飛び出すかと興味津々で見入ってしまった。

ただし、不倫をきっかけに隆と絵里夫婦のいい話に持っていこうとするのは、いささか強引なのでは? いや、そもそもあんなに簡単に不倫を許せるものなのか? 何だか、とってつけたような理屈で納得させようしているが、それでいいのか?

ラストも問題だ。実はこのメンバーが毎年集まるのには理由があって、彼らはかつてともに過酷な経験をしたという過去を持つ。その原点に立ち返って、今後もこの回を続けることを話し合うのだが、それがいかにも日本的というか、情感たっぷりに描かれるのでシラケてしまった。あれだけ色々なことがあったのに、何もなかったかのように大団円を迎えるのには違和感ありありである。日本的といえばあまりにも日本的なリメイクなのだった。

その挙句に、みんなで思い出のコンビーフ缶を料理されてもなぁ~。

しかし、まあ、細かなところに目をつぶれば面白いのは確かである。今やスマホはもう一つの人格。そこには秘密もたくさんある。そんな世相だからこそ、オリジナル版の面白さが際立ったのだろう。終盤は日本的な展開に突入したとはいえ、それまでの大筋はオリジナル版を踏襲しているからハズレはない。

そして本作で忘れてならないのが超豪華俳優陣の共演。東山紀之常盤貴子益岡徹田口浩正木南晴夏淵上泰史鈴木保奈美。各人が「いかにも」という感じの役を演じている。これだけのキャストが揃えば楽しい映画になるのも道理である。

ちなみに「おとなの事情」は世界18カ国でリメイクされたそうなので、各国のリメイクを見比べるのも面白いかもしれない。

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◆「おとなの事情 スマホをのぞいたら」
(2020年 日本)(上映時間1時間41分)
監督:光野道夫
出演:東山紀之常盤貴子益岡徹田口浩正木南晴夏淵上泰史鈴木保奈美室龍太桜田ひより
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて全国公開中
ホームページ https://www.otonanojijo.jp/

「チャンシルさんには福が多いね」

「チャンシルさんには福が多いね」
2021年1月9日(土)ヒューマントラストシネマ渋谷にて。午前11時50分から鑑賞(シアター2/F-9)。

~40歳、人生に迷う女性をほんわかムードで

緊急事態宣言が出された東京。映画館も午後8時前後で閉館になるようだ。何かと刺々しい日々の中、こういう時には、ほんわか系の映画を観るに限るのである。

というわけで鑑賞したのが「チャンシルさんには福が多いね」というユニークなタイトルの映画。

映画の冒頭、いきなり葬送行進曲が流れる。映るのは飲み会の風景。映画のスタッフが楽しげに酒を飲んでいる。だが、突然、監督が胸を押さえて苦しがる。最初は「またまた冗談を……」などと笑っていたスタッフだが、異変に気づいて慌てる。監督は心臓発作でそのまま死んでしまう。

こうして本作の主人公の映画プロデューサー・チャンシル(カン・マルグム)は職を失ってしまう。人生の全てを映画に捧げてきた彼女だが、気づけば結婚も出産もしておらず独りきり。ひとまず坂の上にある借家に間借りし、仲良しの女優ソフィ(ユン・スンア)の家で家政婦として働き始める。

こんなふうに40歳にして人生に迷うチャンシルのあれやこれやを、ユーモアとペーソスたっぷりに描いたのが本作である。

チャンシルはもちろん映画が好きだ。映画に強い未練がある。しかし、急死した監督は唯一無二の個性派監督。それゆえ代わりの仕事など、そうそう舞い込むものではない。女社長からは「プロデューサーなんて雑用係」と言われ大喧嘩をしてしまう。

ところが、そんなチャンシルに恋のチャンスが訪れる。ソフィにフランス語を教える年下の青年ヨン(ペ・ユラム)。短編映画の監督でもある彼は、チャンシルにひたすら優しくする。チャンシルもヨンのことが気になり、彼と幸せになれるかもと妄想する。

だが、初めて飲みに行った席で、チャンシルは小津安二郎の「東京物語」を絶賛する。それに対して、ヨンは「平板で物足りない」と言う。彼が好きなのはクリストファー・ノーランの映画なのだという。映画の趣味の違いが露呈し、チャンシルは落胆する。

一方、ヨンは映画がすべてではないと言う。映画の趣味の違いぐらいで、2人の関係にひびが入ることはないと言うのだ。その言葉に勇気づけられ、チャンシルはますますヨンに対して積極的になっていく。

ちなみに本作にはこうした映画ネタがたくさん登場する。「ベルリン・天使の詩」「ジプシーのとき」などの通好みの映画も出てくる。

そして、もう一つの大きな特徴が、チャンシルを取り巻くユニークな人物たちだ。チャンシルの前には様々な人物が現れる。ソフィは常に忙しくしているが、忘れっぽく、感情の浮き沈みも激しい。そんな彼女は「考えすぎてはいけない」とチャンシルにアドバイスする。

大家(ユン・ヨジョン)は、何かとチャンシルを気にかける。自分の娘を若くして亡くしたことも影響しているのかもしれない。そんな彼女は「今日やりたいことだけ一生懸命やる」ことを説く。

そして何よりもユニークなのが、「自分はレスリー・チャンだ」と名乗る男(キム・ヨンミン)である。この男、格好や雰囲気は似せているが、そもそも顔がレスリー・チャンとは全く違う。しかも、彼は幽霊なのだ。だが、なぜかチャンシルにはその姿が見える。そこで親身になってチャンシルの相談に乗る。

本作が長編デビューとなるキム・チョヒ監督は、長い間ホン・サンス監督のプロデューサーを務めていたという。そういわれれば、とぼけた味わいのオフビートな笑いはサンス監督ゆずりかもしれない。

その一方で、大家が書いた詩にチャンシルが涙を流すシーンや、真理を突いた幽霊のセリフなどもあり、緩急自在の脚本・演出が光る。

チャンシルの恋の行方については書かないが、様々な心の軌跡を経て、チャンシルはある決意をする。

ラストは夜の道でチャンシルの決意をさりげなく告げる。そこで終わりかと思ったら、最後にレスリー・チャンの幽霊を出すユーモアが心憎い。さらにエンドロールで流れる曲も実に味わいがある。一度聞いたら忘れないユニークな曲だ。

主演のカン・マルグムは会社員を経て30歳で女優を目指したという遅咲きの女優。もともとは舞台を中心に活動していたようだが、ナチュラルで自然な演技が素晴らしい。

恐らく本作のチャンシルには、キム監督自身の経験が投影されているものと思われる。不器用だが、真っ直ぐで、一生懸命な彼女が苦闘の末に、大切なものを見つける。その姿に素直に拍手を送りたくなる。

何よりも、作品全体を包むほんわかムードが魅力的な映画だ。アラフォー女子なら共感しきりだろうが、そうでない人にとっても実に心地よい映画である。

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◆「チャンシルさんには福が多いね」(LUCKY CHAN-SIL)
(2019年 韓国)(上映時間1時間36分)
監督・脚本:キム・チョヒ
出演:カン・マルグム、ユン・ヨジョン、キム・ヨンミン、ユン・スンア、ペ・ユラム
*ヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開中
ホームページ https://www.reallylikefilms.com/chansil

「Swallow スワロウ」

「Swallow スワロウ」
2021年1月7日(木)新宿バルト9にて。午前11時より鑑賞(スクリーン8/G-13)

~異物を飲み込む女の自立への戦いのドラマ

遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

というわけで、新年最初の映画です。

幸福そうな女性が満たされない思いを抱えて苦しむドラマはよくあるが、それが「異食症」という想像を絶する形で現れる作品が「Swallow スワロウ」である。

主人公のハンター(ヘイリー・ベネット)は専業主婦。夫のリッチー(オースティン・ストウェル)は実業家の御曹司で、2人はニューヨーク郊外の豪邸で暮らしていた。リッチーは優しく、ハンターは何不自由ない毎日を送っているように見えた。

だが、心の中は空疎だった。優しいリッチーだが、すべては自分が中心でまともに話を聞いてくれない。食事の際も携帯を傍らに置き、その対応に夢中だった。

一方、リッチーの両親も一見優しいが、心のどこかでハンターを蔑んでおり、自分たちの流儀に彼女を従わせようとしていた。ハンターは孤独だった。

そんな中、ハンターは妊娠する。夫や義父母は大喜びするが、ハンターの孤独はこれまで以上に深くなっていった。

ある日、ふとしたことからハンターはガラス玉を飲み込みたいという衝動にかられる。飲み込んでみると、痛みとともに得も言われぬ充足感と快楽を得る。それをきっかけに、ハンターの「異食症」はエスカレートしていく。

製作総指揮も兼ねる主演のヘイリー・ベネットの演技が見事だ。ブロンドのショートカットと白く透き通った肌。表面的にはどこから見ても幸福なセレブだ。だが、心の奥の闇がチラチラと見える。その加減が絶妙である。

そして異食症の描写。ガラス玉を飲み込むときの恐れが、やがて幸福感に代わる。その恍惚の表情。義母がくれた自己啓発書には「毎日新しいことにチャレンジする」と書かれているのだが、彼女はそれを異食症という形でなし遂げていく。

これまで「ガール・オン・ザ・トレイン」あたりで存在感を発揮していたものの、イマイチ目立たなかったヘイリー・ベネットにとって、出世作となるのは間違いない作品だろう。

新人のカーロ・ミラベラ=デイヴィス監督による静謐で寒々しい映像も、この映画にはぴったりだ。特にハンター夫妻が住む豪邸の間取りを生かしたショットが、スリラー的な魅力を高めている。

なんでもデイヴィス監督は、強迫性障害に苦しんだ自身の祖母のエピソードをヒントにオリジナル脚本を書き上げたとか。異食症という特殊なテーマにもかかわらず説得力を持つのは、そのせいだろう。

やがてハンターの異食症は夫や義父母の知るところとなる。胎児のエコー検査で異物の存在が明らかになったのだ。体内からは、小さな金属片や石ころ、はては画びょうのようなものまで取り出される。

この一件で、夫や義父母のハンターを見る目が変わる。口では「愛している」「あなたが心配」と言いながら、24時間監視するために看護士が雇われる。同時に、心理カウンセラーの診療を受けることを余儀なくされる。

その心理カウンセラーとの対話の中で、ハンターは異食症の背景にある衝撃的な出来事を明かす。

この衝撃的な出来事とは、ハンターの出生の秘密にまつわるものだ。あまりにも忌まわしい出来事には言葉もないが、この後ドラマは二転三転する。夫と義父母によって施設送りにされる寸前で逃亡したハンターは、ある場所を訪ねる。彼女が乗り越えるべき存在がそこにあるのだ。

ラストではハンターが重大な決断を実行に移す。すべてを捨て去って新しい一歩を踏み出す。ずっと「良い妻のふり」「幸せな妻のふり」をしてきた彼女だが、もう「ふり」をする必要などないのだ。

彼女が去った後に、多くの人々が訪れる女子トイレを延々と映すエンドロールをぜひ見てほしい。あれはまさにこの物語が、ハンターの物語を超えて多くの女性へのメッセージとなった瞬間ではなかったのか。

今も昔も不条理な抑圧がこの世界には満ち満ちている。あからさまな女性蔑視ではないにしても、ハンターの夫や義父母のような態度はしばしば見られる。異食症という特殊な形で始まったこのドラマは、ラストで抑圧に直面する女性の背中を押す。自由に生きていいのだ、誰にも遠慮する必要などないのだと。ここに至ってこのドラマは普遍性を獲得したのである。バックに流れる音楽もそれを後押しする。

それにしても夫のリッチー、嫌な奴だよなぁ。ネクタイにアイロンかけたら「気にしなくていいよ」とか言いながらブチ切れるし、最後は本性丸出しで「クソ女!」とか言うし。大金持ちの御曹司とはあんなものか。

ちなみに、「Swallow」には「飲み込む」のほかに、「我慢する」「抑える」という意味もある。何とも意味深なタイトルである。

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◆「Swallow スワロウ」(SWALLOW)
(2019年 アメリカ・フランス)(上映時間1時間35分)
監督・脚本:カーロ・ミラベラ=デイヴィス
出演:ヘイリー・ベネット、オースティン・ストウェル、エリザベス・マーヴェル、デヴィッド・ラッシュ、デニス・オヘア
新宿バルト9ほかにて公開中
ホームページ http://klockworx-v.com/swallow/

 

「新感染半島 ファイナル・ステージ」

「新感染半島 ファイナル・ステージ」
2020年12月30日(水)TOHOシネマズ池袋にて。午後1時55分より鑑賞(スクリーン8/D-5)

~前作とは異質なハリウッドも顔負けのアクション大作

いやぁ、年末はたいてい暇なので今年も映画館に通いつめようと思ったら、とんでもない。急に仕事が入ってきて、映画館どころではなくなってしまった。ブログもなかなか更新できずにいたのだが、ようやく年末駆け込みで一本観たので、その感想を……。

韓国で大ヒットを記録し、日本でも話題を呼んだゾンビパニック映画「新感染 ファイナル・エクスプレス」。その続編が「新感染半島 ファイナル・ステージ」だ。監督・脚本は引き続きヨン・サンホが担当しているが、キャストは一新されている。

前作は高速鉄道KTXの車内で繰り広げられる壮絶なゾンビとの戦いを描いた作品。密室という閉塞状況がゾンビの恐怖を煽り立てていた。しかし、本作はまったく違う映画だ。

主人公は軍人のジョンソク(カン・ドンウォン)。冒頭で彼は姉の家族を船に乗せてゾンビのいない日本に脱出させようとする。だが、船内でゾンビの感染者が発生し、姉とその子供を失ってしまう。

それから4年、香港で廃人のように暮らしていたジョンソクは、ある日、裏社会の人間から仕事の依頼を受ける。それは、完全封鎖されている半島に潜入し、大金を積んだトラックを見つけ出し、回収してくるというもの。依頼を引き受け3人の仲間とともに半島への上陸を果たすジョンソク。

だが、そこに待っていたのは大量の凶暴化した感染者の大群。そして、狂気の民兵集団631部隊だった。民兵集団によりトラックを奪われてしまったジョンソク。そんなジュンソクを窮地から救ったのはミンジョン母娘だった。

最初にジョンソクたち4人組が登場したので、てっきり彼らがそれぞれの個性を発揮して作戦を遂行するのかと思いきや、そのうちの2人は意外にあっさりと殺されてしまう。もう1人(ジョンソクの義兄)も631部隊に捕まってしまうのである。

その代わりに大活躍するのがミンジョン母娘だ。最初はジュニ(イ・レ)とキム(クォン・ヘヒョ)の姉妹がジョンソクを救う。ジュニときたら子どもだてらに車をぶっ飛ばし、凄まじいカーアクションを見せる。一方妹のキムはラジコンカーを巧みに操り、敵を翻弄する。

母ちゃんのミンジョン(イ・ジョンヒョン)も負けていない。終盤では圧巻の20分越え(?)のカーアクションが登場。わずかでも目を離せば、訳がわからなくなりそうだ。とにかくものすごいスピードで右に左にトラックを操り、ゾンビどもをやっつけるだけでなく、631部隊の連中とも戦うのだ。そこに再び娘も参戦。母娘共演のカーチェイスとなる。

ジョンソクも黙ってはいない。派手なガンアクションを展開する。バリバリバリとゾンビを撃ち倒し、631部隊の連中も乱射する。さらにミンジョンも銃を手に撃ちまくる。いったい何発撃ちまくったのだろう。この人たち。

このカーアクションとガンアクションこそが、本作の最大の魅力である。そのスケール感はハリウッド映画と比べても遜色がない。

その分人間ドラマは薄味だ。この任務に就く前のジョンソクは姉たちを失い廃人同然。おまけにミンジョン親子は、冒頭でジョンソクが感染を疑って救出を断った家族なのだ。そんなジョンソクがどう変化するか。そんな人間ドラマは残念ながらあまり見られない。

とにもかくにも徹頭徹尾アクションにこだわった映画だ。631部隊の内部では仲間割れも起きている。そして、「マッドマックス」も真っ青のアトラクションもある。ゾンビと捕虜を闘わせるゲームだ。ジョンソクの義兄もその渦中に投げ込まれる。

終盤では親子の絆のドラマが生まれる。まさかの救いの手が来るものの、ミンジョンはケガをしてしまう。そこで、ジョンソクに娘たちを託して自らは犠牲になろうとする。泣き叫ぶ娘たち。あまりにも哀しい場面である。

しかし、しかしである。そこであり得ないことが起きるのだ。ミンジョンはもちろん、ジョンソクも、信じられない行動に出るのである。

リアルさを重視する観点から言えば、とんでもない終盤の展開だ。だが、「そこまでするか」の波状攻撃は、いかにも韓国映画らしくて潔い。面白いでしょ? 感動できるでしょ? と言われたら、確かにその通りなのだ。

主演のカン・ドンウォンは哀しげな目が印象的。あの目のおかげで薄味な人間ドラマがカバーされたのではないか。そしてイ・ジョンヒョンのたくましさも特筆もの。とはいえ、個人的にはイ・レとクォン・ヘヒョの子役2人が何よりも素晴らしかった。韓国の子役はうまい子が揃っているが、この子たちもなかなかのものだ。

最初から最後まで途切れない緊張感。ハリウッド顔負けのアクション大作として観応えは十分だ。ただし、前作の「新感染 ファイナル・エクスプレス」のことは意識しないように。あくまでも設定を借りただけの異質な映画として観るべき作品である。

*今年も一年ご愛読ありがとうございました。これが今年最後のブログになると思います。来年も何卒よろしくお願いいたします。

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◆「新感染半島 ファイナル・ステージ」(PENINSULA)
(2020年 韓国)(上映時間1時間56分)
監督・脚本:ヨン・サンホ
出演:カン・ドンウォンイ・ジョンヒョン、イ・レ、クォン・ヘヒョ、キム・ミンジェ、ク・ギョファン、キム・ドユン、イ・イェウォン
*TOHOシネマズ日比谷ほかにて1月1日より公開(先行公開中)
ホームページ https://gaga.ne.jp/shin-kansen-hantou/

 

「無頼」

「無頼」
2020年12月19日(土)池袋シネマ・ロサにて。午後12時50分より鑑賞(シネマ・ロサ2/D-9)

~ヤクザの成り上がり物語と裏側から見た昭和史

パッチギ!」「ガキ帝国」などでおなじみの井筒和幸監督。8年ぶりの新作映画が「無頼」である(なぜに8年も映画を撮っていなかったのか?はたまた撮れなかったのか?その理由は知らない)。

あるヤクザの親分を中心とした群像劇である。ドラマのスタートは1956年。井藤正治松本利夫)は甲斐性なしの父親のもとで極貧生活を送っていた。やがて父親は死亡し、正治は誰にも頼ることなく、生きるために何でもするようになる。ヤクザの道に足を踏み入れた彼は、21歳の時に兄貴分のヤクザから「シマを持たせてやる」とそそのかされて、敵対するヤクザがいるバーに斬り込んでいき刑務所送りになる。出所した正治は、そのままヤクザの道を突き進んでいくのだったが……。

常に時代のアウトローを描いてきた井筒監督らしい作品だ。ドラマの基本は正治の成り上がり物語だ。仲間と組をつくり、対立組織と抗争を繰り返して勢力を拡大する。銀行への嫌がらせに糞尿をまいたり、対立する組幹部の家にトラックで突っ込んだりと大暴れし、武闘派として名をはせる。

その一方で正治は、ヤクザ同士で盃を交わして親子兄弟の契りを結び、配下の者たちを親身に世話する。家族を求める孤独な彼の姿が、そこからうかがえる。組には、不良や暴走族はもちろん、全共闘くずれまでが集う。そんな疑似家族とともに、裏社会を駆け上がっていく。

ヤクザの成り上がり物語とはいえ、そこには社会の在りようも投影される。ドラマの随所にはその時代の出来事が挿入される。東京五輪学生運動石油ショックロッキード事件リクルート事件バブル崩壊……。正治たちもその波にもまれていく。ある意味、本作は裏側から見た昭和史ともいえる映画である。

バブル経済が崩壊した後、正治は不動産金融や証券会社を配下にし、何とか生き延びようとする。だが、ヤクザたちの活動を規制する暴対法が1991年に施行。「ヤクザは生きるなってことだろ。生まれた時から引きずっている境遇があんのにな」。そう言って正治はある決断をする。

なにせ長い昭和時代を描くだけに、個々のエピソードが薄味で深みがないのは事実。正治のヤクザ者としての苦悩も十分に描かれているとはいえない。

最後の正治の決断も賛否両論ありそうだ。あれほど武闘派として鳴らした人物にしては、急に良い人めいてしまうのはどうなのか。

とはいえ、これだけ本格的なヤクザ映画は今どき貴重な存在。井筒監督の心意気は十二分に伝わる映画だった。

ちなみに正治たちが仕切るイベントで、虎vsライオンというとんでもない戦いがあったり、正治たちの組でクマを飼ったりと、動物が大活躍するのも本作の特徴。宗教団体の巨大なご本尊や戦後の街の様子など、映像の本気度も高めの映画である。

役者は3000人以上のオーディションを経て選ばれたとのことで、いやぁ~、見るからに悪そうなやつが揃ってますな。

それに対して中村達也ラサール石井小木茂光升毅、木下ほうか、隆大介らの有名役者はさすがの演技。チラリとしか出てこない人も多いのだが、存在感たっぷりの演技を披露。最後に付けたしみたいに出てくる三上寛、外波山文明もいい味を出している。

主演はEXILE松本利夫EXILE? どこからどう見ても本物のヤクザだろう。そのぐらいハマり役だった。彼の妻役の柳ゆり菜もまだ若いのに貫禄十分の演技。「純平、考え直せ」の時とは違う顔を見せている。

いわば井筒版「ゴッドファーザー」とでもいうべきこの作品。かつてのヤクザ映画専門館「昭和館」のあった新宿K’s Cinemaで公開されているのが興味深い。まさに井筒映画の集大成である。

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◆「無頼」
(2020年 日本)(上映時間2時間26分)
監督:井筒和幸
出演:松本利夫、柳ゆり菜、中村達也ラサール石井小木茂光升毅、木下ほうか、清水伸、松角洋平、遠藤かおる、佐藤五郎、久場雄太、阿部亮平、火野蜂三、木幡竜、隆大介、三上寛、外波山文明、森本のぶ
*新宿K’s Cinemaほかにて全国公開中
ホームページ http://www.buraimovie.jp/